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数学ノートについて
1.2 Tor関手とExt関手

射影加群と入射加群について基本的なことをまとめたあとでTor関手とExt関手を導入します。

1.2.1 射影加群
定義1.2.1

$P$ を $R$ 加群とする。任意の $R$ 加群 $A,B$、全射準同型 $i : A\to B$ と準同型 $j : P\to B$ に対して下図を可換にする準同型 $k : P\to A$ が存在する $($リフトが存在する$)$ とき $P$ を射影加群 $($projective module$)$ という。

命題1.2.2

$R$ 加群 $P$ に対して次は同値。

(1) $P$ は射影加群
(2) ある $R$ 加群 $Q$ が存在して $P\oplus Q$ は自由加群。
(3) 関手 $\Hom(P, \cdot)$ が完全。
証明

(1) ⇒ (2) $A = F_{R}(P)$, $B = P$, $i : A\to B$ を射影、$j : P\to B$ を恒等写像として $A = \Ker i\oplus k(P)$ を得るので従います。

(2) ⇒ (1) $P\oplus Q$ が自由加群であるとし、その生成系 $S\subset P\oplus Q$ を固定します。全射準同型 $i : A\to B$ と準同型 $j : P\to B$ に対し、射影 $p : P\oplus Q\to P$ を取り、各 $s\in S$ に対して $i(a) = j(p(s))$ となる $a$ を選ぶことで準同型 $k' : P\oplus Q\to A$ を構成します。$k'$ の $P\oplus \{0\}\subset P\oplus Q$ への制限 $k : P\to A$ が欲しかった $j$ のリフトです。

(1) ⇔ (3) 一般の $R$ 加群 $P'$ に対して関手 $\Hom(P', \cdot)$ が左完全であることに注意。あとは、射影加群の定義における準同型 $k : P\to A$ の存在が関手 $\Hom(P, \cdot)$ の右完全性と同値であることから分かります。

例1.2.3

$R = \Z_{6}$ に対して、$P = \Z_{2}$ は自由でなはい射影 $R$ 加群です。

例1.2.4

$E$ を $S^{1}$ 上の階数 $1$ の自明な実ベクトル束、$E'$ を $S^{1}$ 上の階数 $1$ の非自明な実ベクトル束とします。このとき、$R = C^{0}(E)$, $P = C^{0}(E')$ とすると $P$ は自由でない射影 $R$ 加群です。というのは\[P\oplus P \cong C^{0}(E'\oplus E')\cong C^{0}(E\oplus E)\cong R\oplus R\]であるからです。

1.2.2 入射加群
定義1.2.5

$I$ を $R$ 加群とする。任意の $R$ 加群 $A,B$、単射準同型 $i : B\to A$ と準同型 $j : B\to I$ に対して下図を可換にする準同型 $k : A\to I$ が存在する $($拡張が存在する$)$ とき $I$ を入射加群 $($injective module$)$ という。

命題1.2.6

$R$ がPID可換環 $R$ が単項イデアル整域 $($PID$)$ であるとは、整域 $($加法単位元以外の零因子 $($zero divisor$)$ を持たない$)$ であってかつその任意のイデアルが単項イデアルとなるもののこと。のとき、$R$ 加群 $I$ に対して次は同値。

(1) $I$ は入射加群。
(2) $I$ を部分加群として含む任意の $R$ 加群 $M$ に対し、短完全系列\[0\to I\xrightarrow{\mathrm{incl.}} M\to M/I\to 0\]は分解する特に $M\cong I\oplus (M/I)$ です。
(3) $I$ は可除加群$R$ 加群 $M$ が可除 $($divisible$)$ とは、零因子ではない任意の $r\in R$ に対して $M\to M : m\mapsto rm$ が全射となることです。
(4) 関手 $\Hom(\cdot, I)$ が完全。
証明

(1) ⇒ (2) $A = M$, $B = I$ とし、包含写像 $i : I\hookrightarrow M$ と恒等写像 $j : I\to I$ を考えることで $i$ の左逆写像 $k : M\to I$ が得られ、このとき、制限 $\Ker k\to M/I$ は同型です。この逆写像が $M\to M/I$ の右逆写像であり、短完全系列は分解します。

(2) ⇒ (3) 背理法より示します。$x\in I$, $r\in R\setminus\{0\}$ であって $x =ra$ となる $a\in I$ が存在しないもを取ります。加群 $M = (I\oplus R)/\langle(x, -r)\rangle$ について、$I\hookrightarrow M : x'\mapsto[(x', 0)]$ を包含写像 $($単射準同型$)$ として取ることができ、また、構成より $[(x, 0)] = r[(0, 1)]$ です。短完全系列\[0\to I\to M\to M/I\to 0\]は分解し、射影 $j : M\to M/I$ の右逆写像 $s : M/I\to M$ を与えますが、それによる直和分解 $M = I\oplus \Img s$ に関する $[(0, 1)]$ の $I$ 成分 $a\in I$ は $x = ra$ を満たし、$x\in I$ と $r\in R\setminus \{0\}$ の取り方に矛盾します。

(3) ⇒ (1) 単射準同型 $i : B\to A$ による $B$ と $i(B)\subset A$ の同一視のもとで $j$ が部分加群 $A'\subset A$ 上の準同型に拡張したとしたとき、任意の $a\in A\setminus A'$ に対して $j$ が $A' + \langle a\rangle$ に拡張します$R$ がPIDなので $\{r'\in R\mid r'a\in A'\} = R{}^{\exists}r$ であり、$I$ の可除性を用いて $j(ra) = r\cdot j(a)$ となるように $j(a)$ を取ることで拡張できます。。このこととZornの補題から示されます。

(1) ⇔ (4) 一般の $R$ 加群 $I'$ に対して反変関手 $\Hom(\cdot, I')$ が左完全であること、入射加群の定義における準同型 $k : A\to I$ の存在が関手 $\Hom(\cdot, I)$ の右完全性と同値であることから分かります。

補足1.2.7

(a) 一般の可換環 $R$ に対して $(1)\Rightarrow(2), (3), (4)$ は成立します。逆も $(4)$ は成立します。
(b) (3)より入射加群の任意の剰余はまた入射加群です。
例1.2.8

$R = \Z$ のとき $\Q$, $\Q/\Z$ は入射 $\Z$ 加群です。同様に、PID $R$ に対してその商体 $\mathcal{Q}(R)$ は入射 $R$ 加群です。

命題1.2.9

任意の $R$ 加群 $M$ はある入射 $R$ 加群の部分加群。

証明

$M = \Z^{\oplus\lambda}/K$ と表すと $M$ は可除 $\Z$ 加群 $D := \Q^{\oplus\lambda}/K$ の部分 $\Z$ 加群とみなせます。$R^{*_{D}} = \Hom_{\Z}(R, D)$ とすればこれは入射 $\Z$ 加群であり、$(r\cdot f)(r') = f(rr')$ により $R$ 加群です。また、$M\to R^{*_{D}}$ を $m\mapsto(r\mapsto(rm))$ と定めることで $M$ は $R^{*_{D}}$ の部分 $R$ 加群になります。

あとは $R^{*_{D}}$ が入射 $R$ 加群であることを示せばよいです。単射 $R$ 準同型 $i : B\hookrightarrow A$ と $R$ 準同型 $j : B\to R^{*_{D}}$ を取ります。$D$ が入射 $\Z$ 加群なので全射 $R$ 準同型 $i^{*_{D}} : A^{*_{D}}\to B^{*_{D}}$ が得られます$\Z$ 準同型になっていること、$A^{*_{D}}$, $B^{*_{D}}$ が $R$ 加群であることに注意し、これが $R$ 準同型であることを確認すればよいです。。$R$ 自身が射影 $R$ 加群なので $j^{*_{D}}\circ \mathrm{incl.} : R\to R^{*_{D}*_{D}}\to B^{*_{D}}$ は $R$ 準同型 $k' : R\to A^{*_{D}}$ にリフトします。下図 $($実線部分は可換$)$ を参考に $k = k'^{*_{D}}\circ \mathrm{incl.} : A\to A^{*_{D}*_{D}}\to R^{*_{D}}$ とすれば $j = k\circ i$ です。

1.2.3 射影分解
定義1.2.10

(1) $M$ を $R$ 加群、$\{P_{n}\}_{n\geq 0}$ を射影 $R$ 加群の族とする。完全系列\[\dots\to P_{n}\to\dots\to P_{1}\to P_{0}\to M\to 0\]を $M$ の射影分解という。また、$M$ を削除して得られるチェイン複体\[\dots\to P_{n}\to\dots\to P_{1}\to P_{0}\to 0\]も単に射影分解区別するなら削除済みを頭につける。ここだけの用語かな?といい $\mathcal{P}_{M}$ などと書く。
(2) $M$ を $R$ 加群、$\{I_{n}\}_{n\geq 0}$ を入射 $R$ 加群の族とする。完全系列\[0\to M\to I_{0}\to I_{1}\to\dots\to I_{n}\to\dots\]を $M$ の入射分解という。また、$M$ を削除して得られるチェイン複体\[0\to I_{0}\to I_{1}\to\dots\to I_{n}\to\dots\]も単に入射分解といい $\mathcal{I}_{M}$ などと書く。
命題1.2.11

次が成立する。\[H_{n}(\mathcal{P}_{M})=\left\{\begin{array}{ll}M & (n = 0) \\0 & (n\neq 0)\end{array}\right.\]\[H^{n}(\mathcal{I}_{M})=\left\{\begin{array}{ll}M & (n = 0) \\0 & (n\neq 0)\end{array}\right.\]

証明

自明です。

命題1.2.12

任意の $R$ 加群 $M$ に対して射影分解および入射分解が存在する。

証明

帰納的に構成できる。射影分解については自明です。入射分解については命題1.2.9を使えばよいです。

補足1.2.13

明らかに射影分解について各 $P_{k}$ は自由 $R$ 加群に取れます。そういうものは自由分解と呼ばれます。$R$ 加群 $M$ の自由分解は $\mathcal{F}_{M}$ と書くことにします。

係数環 $R$ がPIDならば射影分解と入射分解の長さについて次が成立します。

命題1.2.14

(1) $R$ がPIDのとき、任意の $R$ 加群 $M$ は長さ $1$ の射影分解\[0\to P_{1}\to P_{0}\to M\to 0\]を持つ。
(2) $R$ がPIDのとき、任意の加群 $M$ は長さ $1$ の入射分解\[0\to M\to I_{0}\to I_{1}\to 0\]を持つ。
証明

(1) PID上の自由加群の部分加群は自由であることから。

(2) PID上の可除加群の剰余がまた可除であることから。

定義1.2.15

射影加群から成るチェイン複体を射影チェイン複体という。また、$H_{n}(C_{\bullet})=0 \ ({}^{\forall} n \neq 0)$ なるチェイン複体 $C_{\bullet}$ を非輪状チェイン複体 $($acyclic chain complex$)$ という。

定理1.2.16
(homology代数学の基本定理)

射影チェイン複体 $P_{\bullet}$ と非輪状チェイン複体 $C_{\bullet}$ と準同型 $\varphi : H_{0}(P_{\bullet})\to H_{0}(C_{\bullet})$ が与えられているとする。このとき、あるチェイン写像 $f : P_{\bullet}\to C_{\bullet}$ が存在し $H_{0}$ において $\varphi$ を誘導する。また、$f$ はchain homotopyの違いを除き一意。

証明

$f$ の構成は帰納法。$P_{-1} = H_{0}(P_{\bullet})$, $C_{-1} = H_{0}(C_{\bullet})$ とすることで各チェイン複体を延長し $f_{-1}$ を与えられた準同型 $\varphi$ としておきます。$f_{n} : P_{n}\to C_{n}$ まで得られているとき、$P_{n + 1}\to P_{n}\to C_{n}\to C_{n- 1}$ が零写像であることと $C_{\bullet}$ の完全性より、\[\Img(P_{n + 1}\to C_{n})\subset \Ker(C_{n}\to C_{n - 1}) = \Img(C_{n + 1}\to C_{n})\]であり、$P_{n + 1}$ が射影的であることから $f_{n + 1} : P_{n + 1}\to C_{n + 1}$ が得られます。

chain homotopy $\psi$ の構成も帰納法。$f, g$ を条件を満たすチェイン写像として $\psi_{n - 1}$ まで構成できているとします。このとき、\begin{eqnarray*}&& \partial_{Cn}\circ(f_{n} - g_{n} - \psi_{n - 1}\circ\partial_{Pn}) \\& = & \partial_{Cn}\circ(f_{n} - g_{n}) - (\partial_{Cn}\circ\psi_{n - 1})\circ\partial_{Pn} \\& = & \partial_{Cn}\circ(f_{n} - g_{n}) - (f_{n - 1} - g_{n - 1} - \psi_{n - 2}\circ\partial_{Pn-1})\circ\partial_{Pn} \\& = & 0\end{eqnarray*}であり、$\Img(f_{n} - g_{n} - \psi_{n - 1}\circ\partial_{Pn})\subset\Ker\partial_{C_{n}} = \Img\partial_{Cn+1}$ となるので\[\partial_{C_{n + 1}}\circ \psi_{n} = f_{n} - g_{n} - \psi_{n - 1}\circ\partial_{Pn}\]を満たす $\psi_{n} : P_{n}\to C_{n + 1}$ が取れます。

命題1.2.17

任意の $R$ 加群 $M$ に対し、その射影分解はchain homotopy同値の違いを除いて一意である。

証明

$M$ の射影分解 $\mathcal{P}, \mathcal{P}'$ が与えられたとき、これらは射影チェイン複体であると同時に非輪状チェイン複体でもあるのでチェイン写像 $f : \mathcal{P}\to \mathcal{P}'$, $g : \mathcal{P}'\to \mathcal{P}$ であって $H_{0}\cong M$ において恒等写像を誘導するものが取れます。定理1.2.16のチェイン写像の一意性より $g\circ f \sim \Id_{\mathcal{P}}$, $f\circ g \sim \Id_{\mathcal{P}'}$ なので $\mathcal{P}$ と $\mathcal{P}'$ はchain homotopy同値です。

命題1.2.18

$R$ 加群の短完全系列 $0\to A\xrightarrow{i} B\xrightarrow{j} C\to 0$ と $A, C$ の射影分解 $\mathcal{P}_{A}, \mathcal{P}_{C}$ が与えられたとき、ある $B$ の射影分解 $\mathcal{P}_{B}$ が存在し、チェイン複体の短完全系列 $0\to\mathcal{P}_{A}\xrightarrow{i_{\bullet}} \mathcal{P}_{B}\xrightarrow{j_{\bullet}} \mathcal{P}_{C}\to 0$ で次の可換図式を誘導するものが取れる。$($当然縦は同型$)$

証明

$P_{A, -1} = A$, $P_{B, -1} = B$, $P_{C, -1} = C$, $i_{-1} = i$, $j_{-1} = j$ としておき、帰納的に構成します。$P_{B, n}$, $\partial_{B_{n}}$, $i_{n}$, $j_{n}$ まで構成されていて系列 $\mathcal{P}_{B}$ は $P_{B, n - 1}$ において完全であり、さらに、系列\[0\to\Ker\partial_{A, n}\to\Ker\partial_{B, n}\to\Ker\partial_{C, n}\to0\]が完全であるとします。$P_{B, n + 1} = P_{A, n + 1}\oplus P_{C, n + 1}$ とし、$i_{n + 1}$ は明らかな包含写像、$j_{n + 1}$ は射影とします。まず、$\partial_{B, n + 1}$ の $P_{A, n + 1}$ 成分は図式を可換にするように $\partial_{B, n + 1} = i_{n}\circ \partial_{A, n + 1}$ に取ります。

続いて、$\partial_{B, n + 1}$ の $P_{C, n + 1}$ 成分は、仮定の $\Ker\partial_{B, n}\to \Ker\partial_{C, n}$ の全射性を用いて、$P_{C, n + 1}\to P_{C, n}$ のリフト $P_{C, n + 1}\to \Ker\partial_{B, n}$ に取るとします。このとき、$\partial_{B, n + 1} : P_{B, n + 1}\to \Ker\partial_{B, n}$ が全射なことは明らかであり系列 $\mathcal{P}_{B}$ の $P_{B, n}$ における完全性も問題ないため、これで $P_{B, n + 1}$ の構成は完了しています。

帰納法を回すため、系列\[0\to \Ker\partial_{A, n + 1}\to \Ker\partial_{B, n + 1}\to \Ker\partial_{C, n + 1}\to 0\]の完全性を示す必要がありますが、これはチェイン複体\[Q_{A} : 0\to P_{A, n + 1}\to \Ker \partial_{A, n}\to 0,\]\[Q_{B} : 0\to P_{B, n + 1}\to \Ker \partial_{B, n}\to 0,\]\[Q_{C} : 0\to P_{C, n + 1}\to \Ker \partial_{C, n}\to 0\]の間の短完全系列 $0\to Q_{A}\to Q_{B}\to Q_{C}\to 0$ のhomology完全系列を取ることで直ちに分かります。

補足1.2.19

上で構成された短完全系列 $0\to\mathcal{P}_{A}\to\mathcal{P}_{B}\to\mathcal{P}_{C}\to 0$ は分解チェイン写像 $\mathcal{P}_{B}\to \mathcal{P}_{C}$ のチェイン写像としての右逆写像が存在するという意味。するとは限りません。例えば、$\Z$ 加群の短完全系列\[0\to\Z_{2}\to\Z_{4}\to\Z_{2}\to0\]を考えてみると、これは分解しないのでその射影分解の間の短完全系列も分解しません。ただ、その構成により各次数で分解するように取れることは明らかです。

1.2.4 Tor関手とExt関手
定義1.2.20

$M, N$ を $R$ 加群、$\mathcal{P}_{M}$ をその射影分解とする。

(1) $R$ 加群 $\Tor_{\bullet}^{R}(M, N)$ を $\Tor_{\bullet}^{R}(M, N) = H_{\bullet}(\mathcal{P}_{M}\otimes N)$ と定める。
(2) $R$ 加群 $\Ext_{R}^{\bullet}(M, N)$ を $\Ext_{R}^{\bullet}(M, N) = H^{\bullet}(\Hom(\mathcal{P}_{M}, N))$ と定める。

これは、ここまでの補題たちからwell-definedです。

定理1.2.21

$\Tor_{n}^{R}$ と $\Ext_{R}^{n}$ はそれぞれ $\Modwc{R}\times \Modwc{R}$ から $\Modwc{R}$ への双関手である。ただし、$\Modwc{R}$ は $R$ 加群の圏である。また、$\Ext_{R}^{n}$ の第 $1$ 成分に関してのみ反変的である。

証明

homology代数学の基本定理 $($定理1.2.16$)$ から分かります。

定理1.2.22

$\Tor_{\bullet}^{R}$ に関して、次が成立する。

(1) $\Tor_{0}^{R}(M, N) = M\otimes N$
(2) 任意の $R$ 加群 $M$ と短完全系列 $0\to A\to B\to C\to 0$ に対し、自然な完全系列\[\dots\to\Tor_{n}^{R}(A, M)\to\Tor_{n}^{R}(B, M)\to\Tor_{n}^{R}(C, M)\to\Tor_{n - 1}^{R}(A, M)\to\dots\]が存在する。
(3) 任意の自由 $R$ 加群 $F$ と $n > 0$ に対して $\Tor_{n}^{R}(F, M) = 0$ が成立する。

また、$\Ext_{R}^{\bullet}$ に関して、次が成立する。

(1) $\Ext_{R}^{0}(M, N) = \Hom(M, N)$
(2) 任意の $R$ 加群 $M$ と短完全系列 $0\to A\to B\to C\to 0$ に対し、自然な完全系列\[\dots\to\Ext_{R}^{n}(C, M)\to\Ext_{R}^{n}(B, M)\to\Ext_{R}^{n}(A, M)\to\Ext_{R}^{n + 1}(C, M)\to\dots\]が存在する。
(3) 任意の自由 $R$ 加群 $F$ と $n > 0$ に対して $\Ext_{R}^{n}(F, M) = 0$ が成立する。

逆に、$\Tor$ や $\Ext$ についてのこれらの性質を満たす関手は $($自然同値の違いを除き$)$ 一意である。

証明

$\Tor$ 関手の方についてのみ示します。$($$\Ext$ 関手に関しても同様です。$)$

(1) $M$ の射影分解 $\mathcal{P}_{M}$ を取ります。テンソル積の右完全性から\[P_{1}\otimes N\to P_{0}\otimes N \to M\otimes N\to 0\]が完全なので、$\Tor_{0}^{R}(M, N) = H_{0}(\mathcal{P}_{M}; N) = M\otimes N$ です。

(2) 命題1.2.18から自由分解の間に短完全系列 $0\to \mathcal{F}_{A}\to \mathcal{F}_{B}\to \mathcal{F}_{C}\to 0$ が構成でき、$N$ とのテンソル積各次数で分解することから完全性は保たれます。を取った後にhomology完全系列を考えれば欲しかった完全系列を与えます。自然性については省略。

(3) 明らか。

逆に(1)から(3)の条件を満たす関手 $\Tor'$ が与えられたとき、これが $\Tor$ 関手に自然同値であることを示します。まず、(1)から ${\Tor'}_{0}^{R}$ と $\Tor_{0}^{R}$ の間の自然同値変換 $\rho_{0}$ が明らかに定まります。以下、帰納的に ${\Tor'}_{n}^{R}$ と $\Tor_{n}^{R}$ の間の自然同値変換 $\rho_{n}$ を構成して行きます。$n - 1$ までよいとします。$M, N$ を $R$ 加群、$F_{R}(M)$ を $M$ を生成系とする自由加群、$\varphi : F_{R}(M)\to M$ を射影とします。$n\geq 1$ と(3)から ${\Tor'}_{n}^{R}(F_{R}(M), N) = \Tor_{n}^{R}(F_{R}(M), N) = 0$ であり、さらに、短完全系列\[0\to \Ker \varphi\to F_{R}(M)\xrightarrow{\varphi} M\to 0\]に対して(2)を適用することで次の可換図式が得られます。

横の列が完全なので図式を可換にするような準同型 $\rho_{n} : {\Tor'}_{n}^{R}(M, N)\to \Tor_{n}^{R}(M, N)$ が存在し図式中の記号を用いて、$\iota_{*}\circ \rho_{n - 1}\circ \partial'_{*} = \rho_{n - 1}\circ \iota'_{*}\circ \partial'_{*} = 0$ であることから $\Img(\rho_{n}\circ \partial'_{*})\subset \Ker\iota_{*} = \Img \partial_{*}$ であり、$\partial_{*}$ の単射性から目的の準同型 $\rho_{n}$ を $\rho_{n - 1}\circ \partial'_{*}$ のリフトとして取れます。、$\rho_{n - 1}$ が同型であることと5項補題よりその $\rho_{n}$ が同型であることも分かります。

あとはこのように構成した $\rho_{n}$ の自然性を示せばよいです。上記に加えて、$R$ 加群 $M', N'$ と $M'$ を生成系とする自由化群 $F_{R}(M')$ と射影 $\varphi' : F_{R}(M')\to M'$ と準同型 $\xi : M\to M'$, $\eta : N\to N'$ を取ります。また、$\tilde{\xi} : \Ker\varphi\to \Ker\varphi'$ を $\xi$ の誘導する準同型 $F_{R}(M)\to F_{R}(M')$ の制限とします。$\Tor', \Tor$ 完全系列の自然性と $\rho_{n - 1}$ の自然性から次の図式の $\rho_{n}$ を含まない $3$ つの四角の可換性が分かり、$\rho_{n}$ の構成からこの $\rho_{n}$ をちょうど $1$ つ含む $2$ つの四角の可換性も分かります。

よって、\[\partial_{*}\circ \rho_{n}\circ {\Tor'}_{n}^{R}(\xi, \eta) = \partial_{*}\circ \Tor_{n}^{R}(\xi, \eta)\circ \rho_{n}\]ですが、$\partial_{*}$ の単射性から $\rho_{n}\circ {\Tor'}_{n}^{R}(\xi, \eta) = \Tor_{n}^{R}(\xi, \eta)\circ \rho_{n}$ であり、$\rho_{n}$ は自然です。

命題1.2.23

$M$ を $R$ 加群、$a\in R$ を非零因子とするこのとき次が成立する。

(1) $\Tor_{1}^{R}(R/aR, M)\cong \Ker(a\cdot : M\to M : m\mapsto am)$
(2) $\Ext_{R}^{1}(R/aR, M)\cong M/aM$
証明

短完全系列 $0\to R\xrightarrow{a\cdot} R\to R/aR\to 0$ から\[0\to \Tor_{1}^{R}(R/aR, M)\to M\xrightarrow{a\cdot} M\to (R/aR)\otimes M\to 0 \]\[0\to \Hom_{R}(R/aR, M)\to M\xrightarrow{a\cdot} M\to \Ext_{R}^{1}(R/aR, M)\to 0\]が得られます。

その他、$\Tor$ 関手と $\Ext$ 関手について基本的なことを並べておきます。

命題1.2.24

次のことが成立する。

(1) 自然な同型 $\Tor_{n}^{R}(M, N)\cong\Tor_{n}^{R}(N, M)$ が存在する。
(2) 自然な同型\[\Tor_{n}^{R}\left(\bigoplus_{\lambda}M_{\lambda}, \bigoplus_{\mu}N_{\mu}\right)\cong \bigoplus_{\lambda, \mu}\Tor_{n}^{R}(M_{\lambda}, N_{\mu}),\]\[\Ext_{R}^{n}\left(\bigoplus_{\lambda}M_{\lambda}, \prod_{\mu}N_{\mu}\right)\cong \bigoplus_{\lambda}\prod_{\mu}\Ext_{R}^{n}(M_{\lambda}, N_{\mu})\]が成立する。
(3) 任意の射影 $R$ 加群 $P$ と $n > 0$ に対して $\Tor_{n}^{R}(M, P) = 0$ が成立する。
(4) 任意の入射 $R$ 加群 $I$ と $n > 0$ に対して $\Ext_{R}^{n}(M, I) = 0$ が成立する。
(5) $R$ が体なら $n > 0$ に対して、$\Tor_{n}^{R} = 0$, $\Ext_{R}^{n} = 0$ となる。
(6) $R$ がPIDなら $n > 1$ に対して、$\Tor_{n}^{R} = 0$, $\Ext_{R}^{n} = 0$ となる。
証明

(1)は自然同値の違いを除いた一意性から従います。(1)以外は明らか。

以上より、有限生成 $\Z$ 加群については $\Tor$ と $\Ext$ が完全に計算できます。

例1.2.25
(有限生成abel群のTorとExt)

有限生成 $\Z$ 加群について $\Tor$ と $\Ext$ の値を計算したいと思います。まず、$\Z$ がPIDであることと命題1.2.24の(6)に注意すれば $n > 1$ に対して $\Tor_{n} = 0$ かつ $\Ext^{n} = 0$ であり、非自明なのは $n = 1$ の場合のみになります。また、有限生成 $\Z$ 加群の分類定理と命題1.2.24の(2)より巡回群の場合に決定すれば十分です。

しかし、これは命題1.2.23から計算され $($第 $1$ 項が $\Z$ のものは直接計算から$)$、任意の正整数 $a, b\in \N_{+}$ に対して

$\Tor_{1}^{\Z}(\Z_{a}, \Z_{b})\cong \Z_{\gcd\{a, b\}}$.
$\Tor_{1}^{\Z}(\Z_{a}, \Z) = 0$.
$\Tor_{1}^{\Z}(\Z, \Z_{b}) = 0$.
$\Tor_{1}^{\Z}(\Z, \Z) = 0$.
$\Ext_{\Z}^{1}(\Z_{a}, \Z_{b})\cong \Z_{\gcd\{a, b\}}$.
$\Ext_{\Z}^{1}(\Z_{a}, \Z)\cong \Z_{a}$.
$\Ext_{\Z}^{1}(\Z, \Z_{b}) = 0$.
$\Ext_{\Z}^{1}(\Z, \Z) = 0$.

です。

もう一つだけ明らかな計算結果を書いておきます。

命題1.2.26

$\K$ を標数 $0$ の体とする。このとき、任意の有限生成 $\Z$ 加群 $M$ に対して $n \geq 1$ ならば\[\Tor_{n}^{\Z}(M, \K) = 0,\]\[\Ext_{\Z}^{n}(M, \K) = 0\]である。

証明

$\Z$ がPIDなので $n \geq 2$ ではよく、また、$M = \Z$ の場合は明らなのであとは $n = 1$, $M = \Z_{a}$ の場合。命題1.2.23より\[\Tor_{1}^{\Z}(\Z_{a}, \K)\cong \Ker(a\cdot : \K\to \K : x\mapsto ax)\]\[\Ext_{\Z}^{1}(\Z_{a}, \K)\cong \K/a\K\]ですが、$\K$ の標数が $0$ であったことよりこれらは $0$ です。

以上です。

メモ

特になし。

参考文献

[1] 服部晶夫 位相幾何学Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ 岩波書店 (1977-1979)
[2] James F. Davis and Paul Kirk, Lecture Notes in Algebraic Topology, AMS, GSM 35 (2001)
[3] 堀田良之 代数入門–群と加群– 裳華房 (1987)

更新履歴

2021/08/02
新規追加
2023/02/02
homology代数学の基本定理に名称変更
2023/07/02
$\Tor$ 関手と同様の性質を持つ関手 $\Tor'$ が $\Tor$ に自然同値であることの証明における同型 $\rho_{n} : {\Tor'}_{n}^{R}(M, N)\to \Tor_{n}^{R}(M, N)$ の構成において、これを合成\[{\Tor'}_{n}^{R}(M, N)\cong {\Tor'}_{n - 1}^{R}(\Ker \varphi, N)\cong \Tor_{n - 1}^{R}(\Ker\varphi, N)\cong \Tor_{n}^{R}(M, N)\]により取れるとしていたが、$n = 1$ の場合には上手くいっていなかったため上手くいくように修正。(読んでくださった方の指摘。感謝します!)
さぼっていた $\rho_{n} : {\Tor'}_{n}^{R}\to \Tor_{n}^{R}$ の自然性の証明もついでに追加。
その他、一部表現の軽微な修正。
2023/08/02
先月追加した $\rho_{n}$ の自然性の証明で使う図式の可換性について、説明不足を補う修正。