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数学ノートについて
1.2 多様体の間の写像
1.2.1 可微分写像と微分同相
可微分写像

$C^{r}$ 級多様体の間の連続写像の滑らかさは局所的な表示を介して定義されます。

定義1.2.1
(可微分写像)

$(M, \mathcal{U}_{M})$, $(N, \mathcal{U}_{N})$ を $C^{r}$ 級多様体とする。次元は異なってもよい。

(1) 連続関数 $f : M\to \R$ が $C^{r}$ 級関数であるとは、$M$ の座標近傍系 $\mathcal{U}_{M}$ に属する任意の座標近傍 $(U, \varphi)$ に対し、合成\[f\circ \varphi^{-1} : \varphi(U)\to \R\]がEuclid空間 $($もしくは上半空間$)$ の開集合上で定義された通常の意味の $C^{r}$ 級関数であることと定める。$C^{\infty}$ 級関数のことを可微分関数や滑らかな関数とも呼ぶことにする。$M$ 上の $C^{r}$ 級関数全体からなる集合を $C^{r}(M, \R)$ や $C^{r}(M)$ で表す。
(2) 連続写像 $f : M\to N$ が $C^{r}$ 級写像であるとは、$M$ の座標近傍系 $\mathcal{U}_{M}$ に属する任意の座標近傍 $(U, \varphi)$ と $N$ の座標近傍系 $\mathcal{U}_{N}$ に属する任意の座標近傍 $(U', \varphi')$ に対し、合成\[\varphi'\circ f\circ\varphi^{-1} : \varphi(U\cap f^{-1}(U'))\to \varphi'(U')\]がEuclid空間 $($もしくは上半空間$)$ の開集合の間の通常の意味の $C^{r}$ 級写像であることと定める。$C^{\infty}$ 級写像のことを可微分写像や滑らかな写像とも呼ぶことにする。$M$ から $N$ への $C^{r}$ 級写像全体からなる集合を $C^{r}(M, N)$ で表す。

一般の位相空間 $A, B$ に対して $A$ から $B$ への連続写像全体からなる集合を $C(A, B)$ で表すことにしていますが、$C^{0}$ 級多様体 $M, N$ に対して明らかに $C^{0}(M, N) = C(M, N)$ です。

$C^{r}$ 級写像どうしの合成がまた $C^{r}$ 級写像となることは基本的です。

命題1.2.2

$(M, \mathcal{U}_{M})$, $(N, \mathcal{U}_{N})$, $(L, \mathcal{U}_{L})$ を $C^{r}$ 級多様体とし、$f : M\to N$, $g : N\to L$ を $C^{r}$ 級写像とする。このとき、合成 $g\circ f : M\to L$ も $C^{r}$ 級写像である。

証明

$M$ の座標近傍 $(U_{M}, \varphi_{M})\in \mathcal{U}_{M}$ と $L$ の座標近傍 $(U_{L}, \varphi_{L})\in \mathcal{U}_{L}$ を取り、写像\[\varphi_{L}\circ g\circ f\circ \varphi_{M}^{-1} : \varphi_{M}(U_{M}\cap (g\circ f)^{-1}(U_{L}))\to \varphi_{L}(U_{L})\]が $C^{r}$ 級写像であることを示せばよいです。任意に点 $q\in \varphi_{M}(U_{M}\cap (g\circ f)^{-1}(U_{L}))$ を取ります。$N$ の座標近傍 $(U_{N}, \varphi_{N})\in \mathcal{U}_{N}$ であって $f(\varphi_{M}^{-1}(q))\in U_{N}$ となるものを取ります。$f, g$ が $C^{r}$ 級写像であったので写像\[\varphi_{L}\circ g\circ \varphi_{N}^{-1} : \varphi_{N}(U_{N}\cap g^{-1}(U_{L}))\to \varphi_{L}(U_{L}),\]\[\varphi_{N}\circ f\circ \varphi_{M}^{-1} : \varphi_{M}(U_{M}\cap f^{-1}(U_{N}\cap g^{-1}(U_{L})))\to \varphi_{N}(U_{N}\cap g^{-1}(U_{L}))\]はともに $C^{r}$ 級写像であり、その合成も $C^{r}$ 級写像です。よって、$\varphi_{L}\circ g\circ f\circ \varphi_{M}^{-1}$ は $q$ の近傍で $C^{r}$ 級写像であり、$q$ が任意より $\varphi_{L}\circ g\circ f\circ \varphi_{M}^{-1}$ は $C^{r}$ 級写像です。

可微分多様体の一般の部分集合からの写像についても滑らかであるということを定式化しておきます。

定義1.2.3

$M, N$ を $C^{r}$ 級多様体とする。$M$ の部分空間 $A$ 上定義された写像 $f : A\to N$ が $C^{r}$ 級であるとは、各 $x\in A$ に対してその $M$ における開近傍 $U_{x}$ 上定義された $C^{r}$ 級写像 $g_{x} : U_{x}\to N$ であって $g_{x}|_{A\cap U_{x}} = f|_{A\cap U_{x}}$ を満たすものが存在することと定める。

微分同相
定義1.2.4
(微分同相)

$M, N$ を $C^{r}$ 級多様体とする。

(1) $C^{r}$ 級写像 $f : M\to N$ が $C^{r}$ 級 $($微分$)$ 同相写像であるとは、ある $C^{r}$ 級写像 $g : N\to M$ が存在して $g\circ f = \Id_{M}$ かつ $f\circ g = \Id_{N}$ となることと定める。
(2) $M$ から $N$ への $C^{r}$ 級同相写像が存在するとき、$M$ と $N$ は $C^{r}$ 級 $($微分$)$ 同相であるといい、$M\cong_{r} N$ や単に $M\cong N$ であらわす。$C^{\infty}$ 級同相のことは単に微分同相ともいい、$C^{\omega}$ 級同相のことは実解析的微分同相ともいう。
命題1.2.5

$C^{r}$ 級多様体 $M, N, L$ に対して次が成立する。

(1) $C^{r}$ 級多様体 $M$ に対して恒等写像 $\Id_{M} : M\to M$ は $C^{r}$ 級同相写像。
(2) $C^{r}$ 級同相写像 $f : M\to N$ に対して逆写像 $f^{-1} : N\to M$ は $C^{r}$ 級同相写像。
(3) $C^{r}$ 級同相写像 $f : M\to N$, $g : N\to L$ に対して合成 $g\circ f : M\to L$ は $C^{r}$ 級同相写像。

従って、次が成立する。

(1) $M\cong_{r} M$.
(2) $M\cong_{r} N$ ならば $N\cong_{r} M$.
(3) $M\cong_{r} N$ かつ $N\cong_{r} L$ ならば $M\cong_{r} L$.
証明

(1) (2) 定義から容易に確かめられます。

(3) $(g\circ f)^{-1} = g^{-1}\circ f^{-1}$ であること、仮定から $f^{-1}, g^{-1}$ が $C^{r}$ 級写像でること、$C^{r}$ 級写像どうしの合成がまた $C^{r}$ 級写像であることから分かります。

例1.2.6

(a) 例1.1.6で考えた $n$ 次元単位球面の $C^{\omega}$ 級座標近傍系から定まる2つの実解析的多様体は恒等写像により実解析的微分同相になります。
(b) 実数 $0 < r < R$ を取ります。このとき、$\R^{2}$ の原点を中心とする半径 $r$ の円と半径 $R$ の円で囲まれる $($境界を含む$)$ 領域は円周と開区間の直積 $S^{1}\times (0, 1)$ と $C^{\omega}$ 級微分同相です。
(c) $C^{\infty}$ 級関数 $f : \R\to \R : x\mapsto x^{3}$ は同相写像ですが $C^{1}$ 級同相写像ですらありません。
1.2.2 座標近傍系の同値と微分構造
座標近傍系の同値

座標近傍系に対する $C^{r}$ 級同値を定義します。

定義1.2.7
(座標近傍系の同値)

$M$ を位相多様体とする。$M$ の2つの $C^{r}$ 級座標近傍系 $\mathcal{U}$, $\mathcal{U}'$ が $C^{r}$ 級同値であるとは、恒等写像 $\Id_{M} : (M, \mathcal{U})\to (M, \mathcal{U}')$ が $C^{r}$ 級同相写像であることと定め、$\mathcal{U}\cong_{r}\mathcal{U}'$ と書く。

命題1.2.8

$M$ を位相多様体、$\mathcal{U}$, $\mathcal{U}', \mathcal{U}''$ をその $C^{r}$ 級座標近傍系とする。次が成立する。

(1) $\mathcal{U}\cong_{r} \mathcal{U}$.
(2) $\mathcal{U}\cong_{r} \mathcal{U}'$ ならば $\mathcal{U}'\cong_{r} \mathcal{U}$.
(3) $\mathcal{U}\cong_{r} \mathcal{U}'$ かつ $\mathcal{U}'\cong_{r} \mathcal{U}''$ ならば $\mathcal{U}\cong_{r} \mathcal{U}''$.
命題1.2.9

$M$ を位相多様体、$\mathcal{U}, \mathcal{U}'$ をその $C^{r}$ 級座標近傍系とする。次は同値である。

(1) $\mathcal{U}$ と $\mathcal{U}'$ は $C^{r}$ 級同値である。
(2) $\mathcal{U}$ に属す座標近傍と $\mathcal{U}'$ に属す座標近傍との間の座標変換は常に $C^{r}$ 級写像である。
(3) 直和 $\mathcal{U}\sqcup \mathcal{U}'$ 細かいことですが、ここでは座標近傍系を座標近傍の添字付きの族と考えており、それらの直和は添字集合としてもとの族の添字集合の直和を取り、各添字と座標近傍の対応を明らかな方法で定めたものです。もし座標近傍系を座標近傍の集合として考える立場を取るなら和集合 $\mathcal{U}\cup \mathcal{U}'$ で置き換えれば同じです。は $C^{r}$ 級座標近傍系である。
例1.2.10

この例では単なる位相空間としての実数集合を $\R'$ と表すことにします。$\varphi_{1} : \R'\to \R$ を恒等写像とし、$\varphi_{2} : \R'\to \R$ を\[\varphi_{2}(t) := \left\{\begin{array}{cl}t & (t \geq 0) \\2t & (\text{otherwise})\end{array}\right.\]により定めます。このとき、$\{(\R', \varphi_{1})\}$, $\{(\R', \varphi_{2})\}$ はともに $\R'$ の $C^{\infty}$ 級座標近傍系ですが、$\varphi_{2}\circ\varphi_{1}^{-1} : \R\to \R$ が $C^{1}$ 級写像ですらないため $C^{1}$ 級同値でもなければ当然 $C^{\infty}$ 級同値でもありません。しかし、写像 $f : \R'\to \R'$ を $\varphi_{2}$ 同様に\[f(t) := \left\{\begin{array}{cl}t & (t \geq 0) \\2t & (\text{otherwise})\end{array}\right.\]と定めれば $\varphi_{1}\circ f\circ \varphi_{2}^{-1}$ は恒等写像であり、多様体 $(\R', \{(\R', \varphi_{1})\})$ と $(\R', \{(\R', \varphi_{2})\})$ は $C^{\infty}$ 級同相であることが分かります。

極大座標近傍系

さて、そもそも座標近傍とは位相空間を局所的にEuclid空間の開集合とみなして調べるために考えているわけですが、この開集合がでたらめな形状をしているよりも開球体のような単純な形状のほうが多様体の局所的状況を調べるのに都合がいいというのは当然で、実際にいつでもそのように取れると便利です。しかし、そのためにはあらかじめ座標近傍系の中にそういう座標近傍が用意されていないといけません。そこで、以下では与えられた $C^{r}$ 級座標近傍系をそれと $C^{r}$ 級同値でありながら十分多くの座標近傍を持つ $C^{r}$ 級座標近傍系によって取り換えることを考えます。問題となるのは

十分多くの座標近傍を含む座標近傍系をどう用意するか
同値な別の座標近傍系で置き換えることで性質が変わってしまわないか

という点です。

以下、細かいわずらわしさここでは座標近傍系を座標近傍の添字付きの族として定義しているので、座標近傍系どうしの和が $($常には$)$ 取れないとか、座標近傍系全体が集合にならないという些末な問題があります。以下ではその回避のためだけにアドホックな規約を設けますが、そもそも座標近傍系を座標近傍の集合として定めていればこの辺りの問題は生じないので、最初からそっちの定義を採用するのがよいと思います。を避けるため、考慮する $C^{r}$ 級座標近傍系 $\mathcal{U}$ を次の条件を満たすものに制限し、それら全体からなる集合を $\mathfrak{U}_{M}^{r}$ と書くことにします。

族 $\mathcal{U}$ の添字集合は $M$ の座標近傍全体からなる集合の部分集合である。
族 $\mathcal{U}$ に属する任意の座標近傍 $(U, \varphi)$ に対して対応する添字は必ずそれ自身 $(U, \varphi)$ である。

$1$ つ目の規約から $\mathfrak{U}_{M}^{r}$ が集合として定まり、$2$ つ目の規約から座標近傍系どうしの和がwell-definedに取れます添字付きの族を写像とも思うとして、始域の共通部分で取る値が常に一致するので、写像の貼り合わせとして添字付きの族の和を取ることができます。

命題1.2.11

$M$ を位相多様体とし、$\mathfrak{U}\subset \mathfrak{U}_{M}^{r}$ を $M$ の $C^{r}$ 級座標近傍系からなる空でない集合であって任意の $\mathcal{U}, \mathcal{U}'\in\mathfrak{U}$ に対して $\mathcal{U}\cong_{r}\mathcal{U}'$ を満たすものとする。和 $\tilde{\mathcal{U}} := \bigcup_{\mathcal{U}\in\mathfrak{U}}\mathcal{U}$ は $M$ の $C^{r}$ 級座標近傍系であり、任意の $\mathcal{U}\in \mathfrak{U}$ に対して $\mathcal{U}\cong_{r}\tilde{\mathcal{U}}$ を満たす。

命題1.2.12
(極大座標近傍系とその極大性)

$M$ を位相多様体とする。$C^{r}$ 級座標近傍系 $\mathcal{U}\in \mathfrak{U}_{M}^{r}$ が $\mathfrak{U}_{M}^{r}$ において代表する $C^{r}$ 級同値類を $[\mathcal{U}]_{r}$ と書くとして、$\mathcal{M}^{r}(\mathcal{U}) := \bigcup_{\mathcal{V}\in [\mathcal{U}]_{r}}\mathcal{V}$ と記号を定める。この $\mathcal{M}^{r}(\mathcal{U})$ を $\mathcal{U}$ に関する $C^{r}$ 級極大座標近傍系や $C^{r}$ 級微分構造という。また、単に微分構造といったら $C^{\infty}$ 級の微分構造を指すとする。次が成立する。

(1) 任意の $\mathcal{U}\in \mathfrak{U}_{M}^{r}$ に対して $\mathcal{M}^{r}(\mathcal{U})$ は $\mathcal{U}$ に $C^{r}$ 級同値な $C^{r}$ 級座標近傍系である。
(2) 任意の $\mathcal{U}, \mathcal{V}\in \mathfrak{U}_{M}^{r}$ に対して $\mathcal{U}\cong_{r} \mathcal{V}$ ならば $\mathcal{V}\subset \mathcal{M}^{r}(\mathcal{U})$ が成立する。
(3) 任意の $\mathcal{U}, \mathcal{V}\in \mathfrak{U}_{M}^{r}$ に対して $\mathcal{U}\cong_{r} \mathcal{V}$ と $\mathcal{M}^{r}(\mathcal{U}) = \mathcal{M}^{r}(\mathcal{V})$ は同値である。

$C^{r}$ 級極大座標近傍系にはその極大性から様々な座標近傍が含まれることが期待されますが、実際には次の結果を使ってその場の状況にあった座標近傍を取っていくことになります。(まあ、これくらいのことは当たり前として普通表立って書かないですが。)

命題1.2.13

$M$ を位相多様体、$\mathcal{U}$ をその $C^{r}$ 級極大座標近傍系とする。次が成立する。$($ただし、簡単のため $M$ は境界を持たないとする。$)$

(1) 任意の座標近傍 $(U, \varphi : U\to V)\in \mathcal{U}$ と開集合 $U'\subset U$ に対して $(U' : \varphi|_{U'} : U'\to \varphi(U'))\in \mathcal{U}$ が成立する。
(2) 任意の座標近傍 $(U, \varphi : U\to V)\in \mathcal{U}$ とEuclid空間の開集合の間の $C^{r}$ 級同相写像 $f : V\to V'$ に対して $(U, f\circ \varphi : U\to V')\in \mathcal{U}$ が成立する。

よって、例えば具体的に次が成立する。

(3) 任意の点 $p\in M$ と開球体 $V\subset \R^{n}$ と点 $a\in V$ に対して座標近傍 $(U, \varphi : U\to V)\in \mathcal{U}$ であって $p\in U$ かつ $\varphi(p) = a$ を満たすものが存在する。

次は連続写像が $C^{r}$ 級であるということが $C^{r}$ 級同値な $C^{r}$ 級座標近傍系の取り換えで不変な性質であることを意味します。

命題1.2.14

$M, N$ を位相多様体とし、$\mathcal{U}_{M}, \mathcal{U}'_{M}$ を $M$ の互いに $C^{r}$ 級同値な $C^{r}$ 級座標近傍系、$\mathcal{U}_{N}, \mathcal{U}'_{N}$ を $N$ の互いに $C^{r}$ 級同値な $C^{r}$ 級座標近傍系とするとき、次が成立する。

(1) 連続写像 $f : M\to N$ に対し、$f : (M, \mathcal{U}_{M})\to (N, \mathcal{U}_{N})$ が $C^{r}$ 級写像ならば $f : (M, \mathcal{U}'_{M})\to (N, \mathcal{U}'_{N})$ は $C^{r}$ 級写像である。
(2) 連続写像 $f : M\to N$ に対し、$f : (M, \mathcal{U}_{M})\to (N, \mathcal{U}_{N})$ が $C^{r}$ 級同相写像ならば $f : (M, \mathcal{U}'_{M})\to (N, \mathcal{U}'_{N})$ は $C^{r}$ 級同相写像である。
補足1.2.15

(a) 命題1.2.14によれば $C^{r}$ 級多様体とその間の $C^{r}$ 級写像について調べる立場 $($大抵はそう$)$ では $C^{r}$ 級座標近傍系の取り換えは議論に影響ありません。そのため、最初から十分な座標近傍を持つ $C^{r}$ 極大座標近傍系が与えられていると思って議論を進めます。(といいながら、実際のところ極大座標近傍系が入っていることはそれほど意識せず、命題1.2.13から都合のいい形状の座標近傍が取れるということを当たり前に使っていく感じではあります。)
(b) 互いに $C^{r}$ 級同相な $C^{r}$ 級多様体どうしも同一視して扱っていきますが、これも同様に正当化されます。そして、$C^{r}$ 級多様体を調べるということは $($主に$)$ この $C^{r}$ 級同相という関係により保たれる性質を調べていくという意味になります。
(c) 位相多様体 $M$ に対してその $C^{0}$ 級極大座標近傍系は $M$ の座標近傍全てからなるもの唯一つ必ず存在します。このことを念頭に位相多様体と $C^{0}$ 級多様体を区別しないことがよくあります。
(d) $C^{r}$ 級多様体の間の $C^{r}$ 級同相写像は $C^{r}$ 級極大座標近傍系どうしの一対一対応を与えています。
(e) $C^{r}$ 級多様体が与えられた状況において座標近傍といったらその $C^{r}$ 級極大座標近傍系に属すものと考えるのが普通です。また、ここでは単なる開集合と局所座標系との対の意味での座標近傍との区別を強調する際には $C^{r}$ 級座標近傍とも呼ぶことにします。
微分構造に関する事実

微分構造に関する重要な事実を紹介します。ほとんどは証明に深い準備が必要になります。

まず第一に、少なくとも $C^{1}$ 級な微分構造がより滑らかな微分構造に $($微分同相の違いを除いて$)$ 一意に取り換えられることが知られています。

事実1.2.16
(より滑らかな微分構造の存在)

$1\leq s < r\leq \omega$ とする。次が成立する。

(1) $C^{s}$ 級座標近傍系にはそれと $C^{s}$ 級同値な $C^{r}$ 級座標近傍系が存在する。
(2) $C^{s}$ 級多様体にはそれと $C^{s}$ 級同相な $C^{r}$ 級多様体が存在する。また、そのような $C^{r}$ 級多様体は互いに $C^{r}$ 級同相である。
証明

$r = \infty$ の場合の証明は[志賀 多様体論]の定理1.12を参照。$r = \omega$ の場合についてもそちらに説明ありますが、やはり実解析性周りで準備が必要なようです。

補足1.2.17

このことから、主な関心が $C^{r\geq 1}$ 級微分構造自体にある場合 $($例えば多様体の $C^{r}$ 級同相類による分類$)$ には $r$ を何かしら固定して調べれば本質的に十分ということになり、また、単に扱いやすさのこともあって $r = \infty$ の場合を中心に扱う多様体論のテキストが多いです。

しかし、なんでもかんでも $C^{\infty}$ 級で考えていれば十分というわけではなく、微分可能性によって差が現れることもありえます。用語の定義や説明は省きますが、いくつか例を挙げておきます。

(a) 平坦なRiemann計量を与えたトーラス $T^{2}$ は $\R^{3}$ への $C^{1}$ 級等長埋め込みを持ちますが $($Nashの埋め込み定理からの帰結$)$、$C^{2}$ 級等長埋め込みは持ちません。
(b) 球面 $S^{3}$ にはReeb葉層構造と呼ばれる余次元 $1$ の $C^{\infty}$ 級葉層構造が存在するが、A. Haefligerによって基本群が有限群である閉多様体 $($特に $S^{3}$$)$ には余次元 $1$ の $C^{\omega}$ 級葉層構造が存在しないことが示されている。
(c) $n > k$ として、Sardの定理によると $\R^{n}$ の開集合 $U$ から $\R^{k}$ への $C^{r}$ 級写像 $f : U\to \R^{k}$ の臨界値集合 $C_{f}$ は $r\geq n - k + 1$ の場合に必ず零集合になるるが、$r\leq n - k$ の場合には必ずしもそうならないという例が存在する。(これは多様体論というより普通の解析学の話だが…正直、いい例を知らないので無理やり入れてます。)

一方で $C^{0}$ 級多様体 $($位相多様体$)$ から考える場合には事情が全く異なります。

事実1.2.18
(微分構造を持たない位相多様体の存在)

微分構造を持たない位相多様体が存在する。

事実1.2.19
(位相同相だが微分同相でない可微分多様体の存在)

互いに $C^{\infty}$ 級同相でない微分構造を複数持つ位相多様体が存在する。

例1.2.20
(エキゾチック球面)

単位球面 $S^{n}$ は例1.1.6により可微分多様体になりますが、通常このとき定まる微分構造を標準的な微分構造とみなします。$n\leq 6$ であれば位相的な $S^{n}$ の持つ微分構造は標準的なものただ一つに限られますが、$n\geq 7$ では必ずしもそうではなく、例えば $n = 7$ の場合には互いに $C^{\infty}$ 級同相でない微分構造が $($標準的なもの含めて$)$ ちょうど $15$ 個存在することが知られています。これらのうちで標準的でないものは異種微分構造と呼ばれ、それを与えた球面は異種球面やエキゾチック球面と呼ばれます。

より一般に、何かしらの意味で標準的な微分構造を持つ可微分多様体に対し、それと $C^{\infty}$ 級同相でない微分構造のことは異種微分構造といいます。

例1.2.21
(エキゾチック $\R^{4}$)

Euclid空間 $\R^{n}$ は $n = 4$ のときに限り異種微分構造を持ち、しかも、互いに微分同相でないものが非可算無限個存在することが知られています。$($$n\neq 4$ の場合は $\R^{n}$ にどのような微分構造を与えてもそれらは互いに微分同相になります。$)$

次は低次元位相幾何学において基本的な事実です。

事実1.2.22

$n\leq 3$ において $n$ 次元位相多様体は微分同相の違いを除いて一意な微分構造を持つ。

以上です。

メモ

特になし。

参考文献

[1] 松本幸夫 多様体の基礎 東京大学出版会 (1988)
[2] 志賀浩二 多様体論Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ 岩波書店 (1976)
[3] 田村一郎 微分位相幾何学Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ 岩波書店 (1977-1978)
[4] John M. Lee, Introduction to Smooth Manifolds Second Edition, Springer-Verlag, New York, GTM 218 (2012)
[5] Alberto Candel and Lawrence Conlon, Foliations I, AMS, GSM 23 (2000)
[6] Alberto Candel and Lawrence Conlon, Foliations II, AMS, GSM 60 (2003)
[7] Y. Eliashberg and N. Mishachev, Introduction to the h-Principle, AMS, GSM 48 (2002)
[8] Robert E. Gompf and András I. Stipsicz, 4-Manifolds and Kirby Calculus, AMS, GSM 20 (1999)
[9] Robion C. Kirby, The Topology of 4-Manifolds, Springer-Verlag, Berlin Heidelberg, Lecture Notes in Math. 1374 (1989)
[10] Edwin E. Moise, Geometric Topology in Dimensions 2 and 3, Springer-Verlag, New York, GTM 47 (1977)
[11] Arthur Sard, The measure of the critical values of differentiable maps, Bull. Amer. Math. Soc. 48 (1942), pp. 883-890

更新履歴

2021/07/02
$C^{r}$ 級同値に関する補足を修正。
2021/10/02
小節に分割。
2024/11/02
けっこう全体的に説明を変更。いろいろな事実の紹介を追加。
座標近傍と局所座標系の使い分けがおかしかった部分を修正。