位相多様体については予備知識 2.4.3節で簡単に書いていますが、いくらか繰り返して説明することにします。
幾何学における非常に基本的な考察対象となる多様体を導入します。多様体には与える付加構造によって様々な種類がありますが、それらのベースとなる多様体として位相多様体があります。そして、固定した非負整数 $n\in \N$ に対して $n$ 次元位相多様体とは(ここでは)以下の条件を満たす位相空間 $M$ のことです。
一般に位相空間が与えられた状況において、その開集合 $U$ と $n$ 次元Euclid空間の開集合 $V$ の間の同相写像 $\varphi : U\to V$ を $n$ 次元局所座標系と呼び、対 $(U, \varphi)$ のことを $n$ 次元座標近傍と呼ぶことにすれば、条件(iii)は $n$ 次元座標近傍による開被覆を持つことに同値です。
$n$ 次元位相多様体 $M$ に対して非負整数 $n$ を次元といい、これを明示するために $M^{n}$ で表すこともあります。位相多様体の次元について重要なのはその一意性です。(ただ、証明には少し準備が必要で、ここでは位相幾何学の初歩的事実に飛ばします。)
与えられた位相多様体 $M$ の次元は一意に決まる。通常それを $\dim M$ で表す。
この後で導入する境界込みで考えていますが、詳しくは位相幾何学 系2.2.28を参照。
続いて、基礎的かつ重要な多様体として $C^{r}$ 級多様体、特に、可微分多様体があります。
$n$ 次元位相多様体 $M$ が与えられているとする。また、$r\in \N\sqcup \{\infty, \omega\}$ とする。
$2n$ 次元局所座標系 $\varphi : U\to V\subset \R^{2n}$ の終域を $\C^{n}$ の開集合とみなしたものを複素 $n$ 次元局所座標系と呼び、対 $(U, \varphi)$ は複素 $n$ 次元座標近傍と呼ぶことにして、同様に複素多様体が定義されます。
$2n$ 次元位相多様体 $M$ が与えられているとする。その複素 $n$ 次元座標近傍による開被覆 $\mathcal{U} = \{(U_{\lambda}, \varphi_{\lambda})\}_{\lambda\in\Lambda}$ であって座標変換がいずれも双正則同値であるものを $n$ 次元正則座標近傍系と呼び、対 $(M, \mathcal{U})$ を $n$ 次元複素多様体と呼ぶ。
$n$ 次元Euclid空間 $\R^{n}$ は恒等写像からなる座標近傍 $(\R^{n}, \Id_{\R^{n}} : \R^{n}\to\R^{n})$ のみを持つ座標近傍系により $n$ 次元実解析的多様体になります。また、$\R^{n}$ の空でない開集合も同様に $n$ 次元実解析的多様体になります。さらに、$\C^{n}$ およびその空でない開集合は同様に複素多様体になります。
$n$ 次元単位球面\[S^{n} := \left\{x = (x_{1}, \dots, x_{n + 1})\in\R^{n + 1}\relmid \sum_{k = 1}^{n + 1}x_{k}^{2} = 1\right\}\]は適当な座標近傍系を与えることで $n$ 次元実解析的多様体になります。まず、$S^{n}$ の開集合 $U_{k}^{\pm} := S^{n}\cap \{x\in \R^{n + 1}\mid \pm x_{k} > 0\}$ を取り、連続写像 $\varphi_{k}^{\pm}$ を包含写像 $i_{k}^{\pm} : U_{k}^{\pm}\to \R^{n + 1}$ と射影\[\hat{p}_{k} : \R^{n + 1}\to \R^{n} : (x_{1}, \dots, x_{n + 1})\mapsto (x_{1}, \dots, \hat{x}_{k}, \dots, x_{n + 1})\]の合成 $\varphi_{k}^{\pm} = \hat{p}_{k}\circ i_{k}^{\pm}$ として定めます。ただし、$\hat{x}_{k}$ は $x_{k}$ を取り除く $($飛ばす$)$ という意味で用いています。$\varphi_{k}^{\pm}$ の終域を単位開球体 $\Int D^{n}$ $D^{n}$ で $n$ 次元Euclid空間の単位閉球体を表すとしています。つまり、$D^{n} := \{(x_{1}, \dots, x_{n})\in\R^{n}\mid \sum_{k = 1}^{n}x_{k}^{2} \leq 1\}$ です。に制限すれば同相写像であり、これから座標近傍 $(U_{k}^{\pm}, \varphi_{k}^{\pm})$ が得られます。実際、例えば、$\varphi_{n + 1}^{+}$ に対しては\[\psi_{n + 1}^{+} : \Int D^{n}\to U_{n + 1}^{+}\subset\R^{n + 1} : (x_{1}, \dots, x_{n})\mapsto \left(x_{1}, \dots, x_{n}, \left(1 - \sum_{k = 1}^{n}x_{k}^{2}\right)^{1/2}\right)\]が連続な逆写像を与えます。$S^{n}$ が $U_{k}^{\pm}$ たちにより被覆されていることは明らかであり、よって、$S^{n}$ の座標近傍系が得られました。ここで用いた写像たちが実解析的なので座標変換 $\varphi_{l}^{\pm}\circ \psi_{k}^{\pm}$ も実解析的であることが分かり、$S^{n}$ はこの座標近傍系によって $n$ 次元実解析的多様体になります。
また、これとは別の座標近傍系を与えることによっても $n$ 次元実解析的多様体になります。まずは $S^{n}$ の開集合\[U_{\pm} := S^{n}\setminus\{(0, \dots, 0, \mp 1)\}\]を取り、連続写像 $\varphi_{\pm} : U_{\pm}\to \R^{n}$ を\[\varphi_{\pm} : (x_{1}, \dots, x_{n}, x_{n + 1})\mapsto \left(\dfrac{x_{1}}{1 \pm x_{n + 1}}, \dots, \dfrac{x_{n}}{1 \pm x_{n + 1}}\right)\]により与えます。連続写像\[\psi_{\pm} : \R^{n}\to U_{\pm} : (y_{1}, \dots, y_{n})\mapsto \dfrac{2}{1 + \|y\|^{2}}\left(y_{1}, \dots, y_{n}, \pm\dfrac{1 - \|y\|^{2}}{2}\right)\]が逆写像を与えているので同相写像であり、座標近傍 $(U_{\pm}, \varphi_{\pm})$ が得られ、これらから座標近傍系が定まります。また、ここで用いた写像たちが実解析的なので座標変換も実解析的であることが分かりちなみに、座標変換 $f_{-+} : \R^{n}\setminus \{0\}\to \R^{n}\setminus \{0\}$ は具体的に計算すると $f_{-+}(y) = \|y\|^{-2}y$ です。、$S^{n}$ はこの座標近傍系によっても $n$ 次元実解析的多様体になります。
これらの座標近傍系は定義1.2.7で考える同値になっており、多様体を調べる際には本質的に同等のものとみなされます。
$C^{r}$ 級多様体 $(M^{m}, \{(U_{\lambda}, \varphi_{\lambda} : U_{\lambda}\to V_{\lambda})\}_{\lambda\in\Lambda})$, $(N^{n}, \{(U'_{\lambda'}, \varphi'_{\lambda'} : U'_{\lambda'}\to V'_{\lambda'})\}_{\lambda'\in\Lambda'})$ が与えられたとします。それぞれの座標近傍の直積 $(U_{\lambda}\times U'_{\lambda'}, \varphi_{\lambda}\times \varphi'_{\lambda'} : U_{\lambda}\times U'_{\lambda'}\to V_{\lambda}\times V'_{\lambda'})$ は直積空間 $M\times N$ の座標近傍であり、これらを集めて $M\times N$ の $m + n$ 次元 $C^{r}$ 級座標近傍系が得られます。これにより直積空間 $M\times N$ は $m + n$ 次元 $C^{r}$ 級多様体になります。
有限個の直積でも同様であり、例えば $n$ 次元トーラス $T^{n} := \overbrace{S^{1}\times \dots \times S^{1}}^{n}$ は $n$ 次元実解析的多様体になります。
Riemann球面 $\hat{\C} := \C\sqcup \{\infty\}$ を考えます位相的には $\C\cong \R^{2}$ の一点コンパクト化であり $2$ 次元球面 $S^{2}$ に同相です。。$\hat{\C}$ の局所 $($複素$)$ 座標系として\[\varphi_{0} : U_{0} := \hat{\C}\setminus \{\infty\}\to \C : z\mapsto z,\]\[\varphi_{\infty} : U_{\infty} := \hat{\C}\setminus \{0\}\to \C : z\mapsto z^{-1}\]が考えられ、これらによる $($複素$)$ 座標近傍系 $\{(U_{0}, \varphi_{0}), (U_{\infty}, \varphi_{\infty})\}$ が取れます。座標変換 $f_{\infty 0} : \C^{\times}\to \C^{\times}$ は $f_{\infty 0}(z) = z^{-1}$ と計算でき正則であり、この座標近傍系によってRiemann球面は複素多様体です。
少し確認の難しい例として実射影空間を紹介します。$($商空間については予備知識 2.7節を参照。$)$
$\R^{n + 1}\setminus\{0\}$ の同値関係 $\sim$ を\[(x_{1}, \dots, x_{n + 1})\sim (y_{1}, \dots, y_{y + 1}) :\Leftrightarrow {}^{\exists}r\in \R^{\times} = \R\setminus\{0\} \text{ s.t. } (rx_{1}, \dots, rx_{n + 1}) = (y_{1}, \dots, y_{y + 1})\]により定めるとします。この同値関係による商空間を $n$ 次元実射影空間といい $\RP^{n}$ と書きます。$(x_{1}, \dots, x_{n + 1})$ の代表する点はよく $[x_{1}: \dots: x_{n + 1}]$ と表します。
各 $1 \leq k \leq n + 1$ に対して $\RP^{n}$ の部分集合 $U_{k}$ と写像 $\varphi_{k} : U_{k}\to \R^{n}$ を\[U_{k} := \{[x_{1}: \dots : x_{n + 1}]\in \RP^{n}\mid x_{k} = 1\},\]\[\varphi_{k}([x_{1}: \dots, x_{k - 1}: 1: x_{k + 1}: \dots: x_{n + 1}]) := (x_{1}, \dots, x_{k - 1}, x_{k + 1}, \dots, x_{n + 1})\]により定めます。これは座標近傍 $(U_{k}, \varphi_{k})$ を与え、それらによる座標近傍系によって $\RP^{n}$ は $n$ 次元実解析的多様体になります。
座標変換 $f_{lk} : \varphi_{k}(U_{kl})\to \varphi_{l}(U_{kl})$ は\[(x_{1}, \dots, x_{k - 1}, x_{k + 1}, \dots, x_{n + 1})\mapsto \left(\dfrac{x_{1}}{x_{l}}, \dots, \dfrac{x_{k - 1}}{x_{l}}, \dfrac{1}{x_{l}}, \dfrac{x_{k + 1}}{x_{l}}, \dots, \dfrac{x_{l - 1}}{x_{l}}, \dfrac{x_{l + 1}}{x_{l}}, \dots, \dfrac{x_{n + 1}}{x_{l}}\right)\]と表されます。
$\RP^{n}$ は各成分の定数倍で定まる連続作用 $\R^{\times}\curvearrowright \R^{n + 1}\setminus \{0\}$ による商空間と考えます。また射影 $\pi : \R^{n + 1}\setminus \{0\}\to \RP^{n}$ を取ります。次のことを示します。
(i) 相異なる $2$ 点 $p, q\in \RP^{n}$ を取ります。それぞれを代表する点 $x, y\in \R^{n + 1}\setminus \{0\}$ を取ります。$x$ を中心とする閉球体 $A$ を $\R^{\times}\cdot y$ と交わらないように取ります。このとき、$\pi^{-1}(\pi(A)) = \R^{\times}\cdot A$ は閉集合なので $\pi(A)$ は $\RP^{n}$ の閉集合であり、$\pi^{-1}(\pi(\Int A)) = \R^{\times}\cdot \Int A$ は $\R^{\times}\cdot x$ の開近傍なので $\pi(\Int A)$ は $p$ の開近傍です。また、$\R^{\times}\cdot y$ と $\R^{\times}\cdot A$ は交わらないので $\pi(A)^{c}$ は $q$ の開近傍です。$\pi(\Int A)$ と $\pi(A)^{c}$ が $p, q$ を分離する開集合になっています。
(ii) $\pi^{-1}(U_{k}) = \{(x_{1}, \dots, x_{n + 1})\in \R^{n + 1}\mid x_{k}\neq 0\}$ が開集合なので $U_{k}\subset \RP^{n}$ は開集合です。
(iii) 写像 $\psi_{k} : \pi^{-1}(U_{k})\to \R^{n}\times (\R\setminus \{0\})$ を\[\psi_{k}(x_{1}, \dots, x_{n + 1}) := \left(\left(\dfrac{x_{1}}{x_{k}}, \dots, \dfrac{x_{k - 1}}{x_{k}}, \dfrac{x_{k + 1}}{x_{k}}, \dots, \dfrac{x_{n + 1}}{x_{k}}\right), x_{k}\right)\]により定めればこれは同相写像であり、$\R^{n}\times (\R\setminus \{0\})$ に最後の成分のみを定数倍する $\R^{\times}$ 作用を考えれば $\psi_{k}$ はさらに $\R^{\times}$ 同変です。$\psi_{k}$ は商空間の間の同相写像 $U_{k}\to \R^{n}$ を誘導し、また、これが $\varphi_{k}$ に一致することは明らかです。
(iv) 各 $p = [x_{1} : \dots : x_{n + 1}]\in \RP^{n}$ に対して少なくともある $1$ つの成分 $x_{k}$ は $0$ でなく、その添字 $k$ について $p\in U_{k}$ です。
(v) 第二可算を満たす開集合による高々可算な被覆を持つので第二可算公理を満たします。$($予備知識 命題2.4.13$)$
(vi) 直接計算で確かめられます。
同様に複素射影空間も次のように構成できます。証明は省略します。
$\C^{n + 1}\setminus\{0\}$ の同値関係 $\sim$ を\[(z_{1}, \dots, z_{n + 1})\sim (w_{1}, \dots, w_{y + 1}) :\Leftrightarrow {}^{\exists}r\in \C^{\times} = \C\setminus\{0\} \text{ s.t. } (rz_{1}, \dots, rz_{n + 1}) = (w_{1}, \dots, w_{y + 1})\]により定めるとします。この同値関係による商空間を $n$ 次元複素射影空間といい $\CP^{n}$ と書きます。$(z_{1}, \dots, z_{n + 1})$ の代表する点はよく $[z_{1}: \dots: z_{n + 1}]$ と表します。
各 $1 \leq k \leq n + 1$ に対して $\CP^{n}$ の部分集合 $U_{k}$ と写像 $\varphi_{k} : U_{k}\to \C^{n}$ を\[U_{k} := \{[z_{1}: \dots : z_{n + 1}]\in \CP^{n}\mid z_{k} = 1\},\]\[\varphi_{k}([z_{1}: \dots, z_{k - 1}: 1: z_{k + 1}: \dots: z_{n + 1}]) := (z_{1}, \dots, z_{k - 1}, z_{k + 1}, \dots, z_{n + 1})\]により定めます。これは座標近傍 $(U_{k}, \varphi_{k})$ を与え、それらによる座標近傍系によって $\CP^{n}$ は $n$ 次元複素多様体になります。
座標変換 $f_{lk} : \varphi_{k}(U_{kl})\to \varphi_{l}(U_{kl})$ は\[(z_{1}, \dots, z_{k - 1}, z_{k + 1}, \dots, z_{n + 1})\mapsto \left(\dfrac{z_{1}}{z_{l}}, \dots, \dfrac{z_{k - 1}}{z_{l}}, \dfrac{1}{z_{l}}, \dfrac{z_{k + 1}}{z_{l}}, \dots, \dfrac{z_{l - 1}}{z_{l}}, \dfrac{z_{l + 1}}{z_{l}}, \dots, \dfrac{z_{n + 1}}{z_{l}}\right)\]と表されます。
$n\geq 1$ に対して\[\Rp^{n} := \{(x_{1}, \dots, x_{n})\mid x_{n}\geq 0\},\]\[\partial\Rp^{n} := \R^{n - 1}\times\{0\} \ (\subset \Rp^{n})\]\[\Int \Rp^{n} := \Rp^{n}\setminus \partial\Rp^{n} \ (\subset \Rp^{n})\]と記号を導入します。$\R_{+}^{n}$ は $($閉$)$ 上半空間といい、$\partial\Rp^{n}$ はその境界、$\Int \Rp^{n}$ はその内部といいます。また、$\R_{+}^{n}$ の開集合 $V$ に対して\[\partial V := V\cap \partial \R_{+}^{n},\]\[\Int V := V\setminus \partial V \ (= V\cap \Int \R_{+}^{n})\]と記号を導入しておきます。位相空間の部分集合に対する境界・内部とは意味が異なることは注意。
境界を持つ可微分多様体はこの上半空間 $\Rp^{n}$ の開集合どうしを微分同相写像で貼り合わせたものとしたいのですが、そのために開集合に限らない $\R^{n}$ の部分空間上で定義された実ベクトル値写像が滑らかであるということを定式化します。以下、特に断らなければ $0\leq r\leq \omega$ とします。
この意味での $C^{r}$ 級写像どうしの合成はまた $C^{r}$ 級です。
部分集合 $A\subset \R^{n}$, $B\subset \R^{m}$ と $C^{r}$ 級写像 $f : A\to \R^{m}$,$g : B\to \R^{l}$ が与えられ、$f(A)\subset B$ を満たすとする。このとき、合成 $g\circ f: A\to \R^{l}$ は $C^{r}$ 級写像である。
$x\in A$ とします。$x$ の $\R^{n}$ における開近傍 $U_{x}$ 上で定義された $f$ の $C^{r}$ 級拡張 $\alpha_{x} : U_{x}\to \R^{m}$ と $f(x)$ の $\R^{m}$ における開近傍 $V_{f(x)}$ 上で定義された $g$ の $C^{r}$ 級拡張 $\beta_{f(x)} : V_{f(x)}\to \R^{l}$ を取ります。合成 $\beta_{f(x)}\circ (\alpha_{x}|_{\alpha_{x}^{-1}(V_{f(x)})})$ は合成 $g\circ f$ の $x$ の開近傍への $C^{r}$ 級拡張です。よって、$g\circ f$ は $C^{r}$ 級写像です。
与えられた写像が $C^{r}$ 級であることの言い換えを用意しておきます。
Euclid空間 $\R^{n}$ の部分集合 $A$ 上で定義された写像 $f : A\to \R^{m}$ が与えられたとする。$0\leq r\leq \infty$ において次は同値である。
また、$A$ が上半空間 $\Rp^{n}$ の開集合であれば $r = \omega$ でも成立する。
$r = \omega$ の場合については一致の定理に注意して示せます。以下、$0\leq r\leq \infty$ の場合を示します。
(1) ⇒ (2) 各 $x\in A$ に対してその $\R^{n}$ における開近傍 $U_{x}$ 上で定義された $f$ の $C^{r}$ 級拡張 $g_{x} : U_{x}\to \R^{m}$ を取ります。そして、$U := \bigcup_{x\in A}U_{x}$ とおきます。$U$ の開被覆 $\{U_{x}\}_{x\in A}$ に対する $1$ の分割 $\{h_{x}\}_{x\in A}$ を取ります。ただし、各 $h_{x}$ は $C^{\infty}$ 級に取ります取れることはいったん事実として進めます。より一般的に、可微分多様体の開被覆に従属する滑らかな $1$ の分割の存在 $($命題1.3.5$)$ として後で示します。。写像 $g := \sum_{x\in A}g_{x}h_{x}$ が目的の $f$ の拡張です。
(2) ⇒ (1) 自明です。
命題1.1.14の $r = \omega$ の場合は一般には成立しません。$\R^{2}$ の部分空間 $A$ を正方形 $[0, 1]^{2}$ に点 $(1, 0)$, $(2, 0)$ を端点とする線分と点 $(2, 0)$, $(2, 1)$ を端点とする線分を加えた図形とし、写像 $f : A\to \R$ を\[f(x, y) := \left\{\begin{array}{ll}y & (x = 2) \\0 & (\text{otherwise})\end{array}\right.\]と定めます。これは定義1.1.11の意味で $C^{\omega}$ 級写像ではありますが、$A$ の開近傍上で定義された $C^{\omega}$ 級写像には拡張しません。
上半空間 $\Rp^{n}$ の開集合 $U$ 上で定義された実ベクトル値写像の変数 $x_{n}$ に関する偏導関数を考える際、境界 $\partial U$ においては右偏微分係数を採用するとします。これにより通常の滑らかな写像と同様に、指定階数の連続な偏導関数が存在するかどうかによっても写像が $C^{r}$ 級であることを $($$0\leq r\leq \infty$ の範囲で$)$ 定義できますが、これと定義1.1.11の意味での $C^{r}$ 級とは同値です。
上半空間 $\Rp^{n}$ の開集合 $U$ 上で定義された写像 $f : U\to \R^{m}$ が与えられたとする。$0\leq r\leq \infty$ において次は同値である。
(1) ⇒ (2) 自明です。
(2) ⇒ (1) Whitneyの拡張定理 $($その他 定理B.1.3$)$ から確かめられます。その他 補足B.1.2も参照。
上半空間 $\Rp^{n}$ の開集合 $U, V$ の間の $C^{r}$ 同相について次が成立します。
上半空間 $\Rp^{n}$ の開集合 $U, V$ とその間の $C^{r}$ 級同相写像 $f : U\to V$ が与えられたとする。次が成立する。
位相幾何学 補題2.2.27を参照。
(1) $\R^{n}$ の開集合から $\R^{n}$ への連続な単射が開埋め込みという事実 $($領域不変性$)$ がありました。これから直ちに $f(\Int U)\subset \Int \Rp^{n}$ と $f^{-1}(\Int V)\subset \Int \Rp^{n}$ が従い、$f(\Int U) = \Int V$ です。
(2) (1)より明らか。
$r\geq 1$ でないといけませんが、微分同相性からも示せます。
(1) $f$ の境界点におけるJacobi行列はその境界点近傍への $C^{r}$ 級拡張のJacobi行列として一意に取ることができます。$f$ が $C^{r}$ 級同相であることから各点におけるJacobi行列が正則と分かり、よって、$f$ の $\Int U$ への制限は $\R^{n}$ への開埋め込みになり $($予備知識 補題4.2.60$)$、$f(\Int U)\subset \Int V$ が分かります。同様に $f^{-1}(\Int V)\subset \Int U$ も分かり、これから $f(\Int U) = \Int V$ が従います。
(2) (1)より明らか。
上半空間 $\Rp^{n}$ の開集合 $U, V$ とその間の $C^{r}$ 級同相写像 $f : U\to V$ が与えられたとする。境界への制限 $\partial f : \partial U\to \partial V$ は $\R^{n - 1}$ の開集合の間の $C^{r}$ 級同相写像である。
まず、固定した非負整数 $n\in \N$ に対して境界を持ちうる $n$ 次元位相多様体とは以下の条件を満たす位相空間 $M$ のことです。
境界を許容する状況においては局所座標系や座標近傍も $\Rp^{n}$ の開集合 $($への同相写像$)$ を許容して考えます。
境界を持ちうる位相多様体 $M$ の点 $x\in M$ が境界点であるとは、その周りの座標近傍 $(U, \varphi : U\to V)$ であって $\varphi(x)\in \partial V$ を満たすものが存在することであり、境界点全体からなる部分空間を $M$ の境界といい $\partial M$ で表します。境界点以外の点を内点といい、内点全体からなる部分空間を $M$ の内部といい $\Int M$ で表します。
そして、境界を持ちうる位相多様体 $M$ であって $\partial M \neq \varnothing$ であるものを境界を持つ位相多様多、$\partial M = \varnothing$ であるものを境界を持たない位相多様多といいます。
境界に関連して、閉多様体という言葉を用意しておきます。
基本的な事実として、境界を持つ位相多様体の境界は再び位相多様体になります。
境界を持つ $n$ 次元位相多様体 $M$ が与えられたとする。次が成立する。
(1) 内点 $p\in \Int U$ が境界 $\partial V$ の点に移されない $($従って内部に移される$)$ ことは境界 $\partial M$ の定義から。境界点 $p\in \partial U$ が内部 $\Int V$ の点に移されたとすると、局所座標系 $\varphi' : U'\to V'$ であって $p\in U'$ かつ $\varphi'(p)\in \partial V'$ であるもの $($$p\in \partial M$ からとれる$)$ を用いて得られる上半空間 $\Rp^{n}$ の開集合の間の同相写像 $(\varphi'|_{U\cap U'}) \circ (\varphi|_{U\cap U'})^{-1} : \varphi({U\cap U'})\to \varphi'({U\cap U'})$ が内点 $\varphi(p)$ を境界点 $\varphi'(p)$ に移し、これは命題1.1.17に矛盾です。よって、境界点は境界に移されます。
(2) (1)から明らかです。
(3) (1)から明らかです。
(4) 境界 $\partial M$ が第二可算公理を満たす空でないHausdorff空間であることは明らか。各点に $\R^{n - 1}$ の開集合に同相な開近傍が取れることは(2)から従います。よって、$\partial M$ は境界を持たない $n - 1$ 次元位相多様体です。
(5) (3)と(4)から明らかです。
定義1.1.2と全く同様にして、境界を持ちうる $C^{r}$ 級多様体が定義されます。
境界を持ちうる $n$ 次元位相多様体 $M$ が与えられているとする。また、$r\in \N\sqcup \{\infty, \omega\}$ とする。
境界を持つ $C^{r}$ 級多様体についての基本的事実として、その境界が自然な方法で $C^{r}$ 級多様体になることが挙げられます。
境界を持つ $n$ 次元 $C^{r}$ 級多様体 $(M, \{(U_{\lambda}, \varphi_{\lambda} : U_{\lambda}\to V_{\lambda})\}_{\lambda\in\Lambda})$ に対して対 $(\partial M, \{(\partial U_{\lambda}, \partial\varphi_{\lambda} : \partial U_{\lambda}\to \partial V_{\lambda})\}_{\lambda\in\Lambda})$ は境界を持たない $n - 1$ 次元 $C^{r}$ 級多様体である。
系1.1.18から容易に確かめられます。
境界を持つ多様体 $M$ をイメージする際に重要なのはその境界 $\partial M$ が適当な区間 $J$ を用いて直積 $\partial M\times J$ の形に表される近傍を必ず持つことです。これはカラー近傍と呼ばれます。存在について詳しくは、位相多様体の場合についてはその他 定理C.2.3とその他 補足C.2.7を、可微分多様体の場合については命題3.4.9を参照。
閉上半空間 $\Rp^{n}$ は座標近傍 $(\Rp^{n}, \Id_{\Rp^{n}} : \Rp^{n}\to \Rp^{n})$ のみを持つ座標近傍系により境界を持つ $n$ 次元実解析的多様体になります。境界は前に定めた $\partial \Rp^{n}$ です。閉上半空間 $\Rp^{n}$ の開集合 $U$ であって境界 $\partial \Rp^{n}$ の点を持つものも同様に境界を持つ $n$ 次元実解析的多様体になります。こちらも境界は前に定めた $\partial U$ です。(つまり、冒頭の $\Rp^{n}$ の境界の定義は多様体としての境界になっているのでした。)
$n$ 次元単位球体\[D^{n} := \left\{x = (x_{1}, \dots, x_{n})\in \R\relmid \sum_{k = 1}^{n}x_{k}^{2}\leq 1\right\}\]は適当な座標近傍系を与えることで境界を持つ $n$ 次元実解析的多様体になります。境界は $n - 1$ 次元単位球面 $S^{n - 1}$ です。
最後に角を持つ多様体を導入します。$n \geq 2$ に対して\[\Rpp^{n} = \{(x_{1}, \dots, x_{n})\mid x_{n - 1}, x_{n}\geq 0\},\]\[\partial\Rpp^{n} = \{(x_{1}, \dots, x_{n})\mid x_{n - 1}, x_{n}\geq 0, \ x_{n - 1}x_{n} = 0\},\]\[\angle\Rpp^{n} = \{(x_{1}, \dots, x_{n})\mid x_{n - 1} = x_{n} = 0\},\]\[\Int\Rpp^{n} = \{(x_{1}, \dots, x_{n})\mid x_{n - 1}, x_{n} > 0\}\]と記号を定めておきます。$\partial \Rpp^{n}$ は境界、$\angle \Rpp^{n}$ は角と呼びます。また、$\Rpp^{n}$ の開集合 $U$ に対して $\partial U, \angle U, \Int U$ を明らかな方法で定めておきます。
角に関する基本事実を示します。
$\Rpp^{n}$ の開集合 $U, V$ とその間の $C^{1}$ 級同相写像 $f : U\to V$ が与えられたとする。次が成立する。
(1) (2) 命題1.1.17と同様。
(3) $f(\partial U\setminus \angle U) = \partial V\setminus \angle V$ を示せばよいです。$f(x)\in \angle V$ となる点 $x\in \partial U\setminus \angle U$ があったとします。$x \in \Int \Rp^{n - 1}$ と思って $f$ を $U\cap \Int \Rp^{n - 1}\subset \R^{n - 1}$ に制限したものを $g$ で表すとします。この $g$ の $x$ におけるJacobi行列 $J_{g}(x)\in M(n, n - 1; \R)$ は $f$ の $x$ におけるJacobi行列 $J_{f}(x)$ から一列除いたものであり、$J_{f}(x)$ は正則なので $J_{g}(x)$ の階数は $n - 1$ です。よって、ベクトル $v \in \R^{n - 1}$ であって $J_{g}(x)v\notin \Rpp^{n}$ であるものが取れます。十分に小さい正実数 $\varepsilon > 0$ に対して $x + \varepsilon v \in U\cap \Int \Rp^{n - 1}$ かつ $g(x + \varepsilon v)\notin \Rpp^{n}$ が示され、これは矛盾です。よって、$f(\partial U\setminus \angle U)\subset \partial V\setminus \angle V$ です。同様に $f^{-1}(\partial V\setminus \angle V)\subset \partial U\setminus \angle U$ であり、$f(\partial U\setminus \angle U) = \partial V\setminus \angle V$ です。
$r\geq 1$ とし、$\Rpp^{n}$ の開集合 $U, V$ とその間の $C^{r}$ 級同相写像 $f : U\to V$ が与えられたとする。角への制限 $\angle f : \angle U\to \angle V$ は $\R^{n - 2}$ の開集合の間の $C^{r}$ 級同相写像である。
次が成立する。
(1) 後ろ $2$ 成分を極座標表示するとして写像\[f : \Rpp^{n}\to \Rp^{n} : (x_{1}, \dots, x_{n - 2}, r, \theta)\mapsto (x_{1}, \dots, x_{n - 2}, r, 2\theta)\]が同相写像です。
(2) 命題1.1.29と同様に、角でない境界点を $C^{1}$ 級同相写像で角には移せません。
まず、$\Rpp^{n}$ と $\Rp^{n}$ が同相であることから、各点が $\R^{n}, \Rp^{n}, \Rpp^{n}$ のいずれかの開集合に同相な開近傍を持つという意味で角を持ちうる位相多様体を導入しても、それは境界持ちうる位相多様体と同じものです。このことに注意して、境界を持ちうる位相多様体をベースに角を持ちうる $C^{r}$ 級多様体を定義します。
$r \geq 1$ では角を持つ $n$ 次元 $C^{r}$ 級多様体の角が境界を持たない $n - 2$ 次元 $C^{r}$ 級多様体になります。
$r \geq 1$ とする。角を持つ $n$ 次元 $C^{r}$ 級多様体 $(M, \{(U_{\lambda}, \varphi_{\lambda} : U_{\lambda}\to V_{\lambda})\}_{\lambda\in\Lambda})$ に対して対 $(\angle M, \{(\angle U_{\lambda}, \angle\varphi_{\lambda} : \angle U_{\lambda}\to \angle V_{\lambda})\}_{\lambda\in\Lambda})$ は境界を持たない $n - 2$ 次元 $C^{r}$ 級多様体である。
系1.1.30から容易に確かめられます。
以上です。
特になし。
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