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数学ノートについて
第2章 ベクトル場と微分形式

この章ではベクトル場と微分形式をまとめます。また、この章では多様体は少なくとも $C^{1}$ 級 $($$r \geq 1$$)$ とします。

2.1 ベクトル場とフロー
2.1.1 接空間とベクトル場

ベクトル場を導入します。これは多様体上で"流れ"を記述するためのもので、例えばEuclid空間 $\R^{n}$ ではその各点に対して $\R^{n}$ のベクトルを対応させたものになります。以下、この概念を多様体上に導入するため、各点での接ベクトルを定義します。

定義2.1.1

$M$ を境界を持たない $C^{r}$ 級多様体とする。$I_{\varepsilon}$ を開区間 $(-\varepsilon, \varepsilon)$ とする。$C^{r}$ 級曲線 $c\in C^{r}(I_{\varepsilon}, M)$ であって $c(0) = p$ を満たすものに対し、線形写像 $v_{c} : C^{r}(M)\to \R$ を\[v_{c} : f\mapsto \dfrac{d(f\circ c)}{dt}(0)\]とすることで定める。このようにして曲線から得られる線形写像を $p$ における接ベクトルという。$v_{c}$ 自体は曲線 $c$ が $t = 0$ において定める $p$ における接ベクトルなどという。$p$ における接ベクトル全体からなる集合を $T_{p}^{r}(M)$ や $T_{p}^{r}M$ と書き、$p$ における接空間という。

接ベクトルと接空間の重要な性質として次のことが挙げられます。

命題2.1.2

$M$ を $n$ 次元 $C^{r}$ 級多様体とする。このとき次が成立する。

(1) $v\in T_{p}^{r}(M)$ とする。任意の $C^{r}$ 級関数 $f, g\in C^{r}(M)$ に対して $v(fg) = v(f)g(p) + f(p)v(g)$ が成立する。
(2) $v\in T_{p}^{r}(M)$ とする。$C^{r}$ 級関数 $f, g\in C^{r}(M)$ に対し、ある $p$ の開近傍 $U$ であって $f|_{U}\equiv g|_{U}$ となるものが存在するならば $v(f) = v(g)$ である。
(3) $T_{p}^{r}(M)$ は $\R$ 線形空間 $(C^{r}(M))^{*}$ の $n$ 次元部分空間である。
証明

(1) 接ベクトル $v$ を与える $C^{r}$ 級曲線 $c$ を取ります。このとき、\begin{eqnarray*}v(fg) & = & \dfrac{d((fg)\circ c)}{dt}(0) = \dfrac{d((f\circ c)(g\circ c))}{dt}(0) \\& = & \dfrac{d(f\circ c)}{dt}(0)g(p) + f(p)\dfrac{d(g\circ c)}{dt}(0) = v(f)g(p) + f(p)v(g)\end{eqnarray*}となっています。

(2) 接ベクトルの定義から明らかです。

(3) $p$ の周りの座標近傍 $(U, x_{1}, \dots, x_{n})$ を取ります。このとき、次が成立します。

(i) $c_{k}(0) = p$ となる $C^{r}$ 級曲線 $c_{k}\in C^{r}(I_{\varepsilon}, M) \,(k = 1, 2)$ が定める接ベクトルが等しいこととこれらの曲線の $t = 0$ におけるJacobi行列 $J_{c_{k}}(0)$ が等しいこととは同値である。
(ii) 任意の行列 $J\in M(n, 1; \R)$ に対し、ある $C^{r}$ 級曲線 $c : I_{\varepsilon}\to U$ であって $c(0) = p$ かつ $J_{c}(0) = J$ を満たすものが存在する。
(iii) 以上より定まる集合間の写像としての全単射 $\varPhi : M(n, 1; \R)\to T_{p}^{r}(M)\subset (C^{r}(M))^{*}$ は線形写像である。よって、$T_{p}^{r}(M)$ は $\R$ 線形空間 $(C^{r}(M))^{*}$ の $n$ 次元部分空間である。

(i) 任意の $f\in C^{r}(M)$ に対して $v_{c_{k}}(f)$ の値は合成 $f\circ c$ の $t = 0$ におけるJacobi行列 $J_{f\circ c}(0)$ $($の唯一の成分$)$ ですが、これは合成関数の微分法より $t = 0$ における $c$ のJacobi行列 $J_{c_{k}}(0)$ と $p$ における $f$ のJacobi行列 $J_{f}(p)$ の積 $J_{f}(p)J_{c_{k}}(0)$ に等しいです。よって、$c_{k}$ の定めるJacobi行列が等しいならばこれらの定める接ベクトルは等しいことが分かります。$c_{k}$ たちの与えるJacobi行列が異なる $($$i$ 成分が異なるとする$)$ 場合、局所的な関数として座標関数 $x_{i}$ を考えることで $v_{c_{1}}(x_{i})\neq v_{c_{2}}(x_{i})$ を得るので逆も分かります。

(ii) 行列 $A = \left[\begin{array}{c}a_{1} \\ \vdots \\ a_{n}\end{array}\right]$ に対して曲線 $c : I_{\varepsilon}\to U$ を\[c : t\mapsto (a_{1}t, \dots, a_{n}t)\]と定めることで $t = 0$ における $c$ のJacobi行列が $A$ になります。

(iii) 各 $f\in C^{r}(M)$ に対して $p\in M$ におけるJacobi行列を対応させる線形写像 $D : C^{r}(M)\to M(1, n; \R)$ とします。対応 $\varPhi : M(n, 1; \R)\to T_{p}^{r}(M)\subset (C^{r}(M))^{*}$ は\[A\mapsto (v : f\mapsto D(f)A)\]により与えられ、つまり $\varPhi = D^{*}$ $($$D^{*}$ は $D$ の双対写像$)$ であり線形写像です。また、$\varPhi$ が全単射であることはもう明らかであり、$\varPhi$ は線形同型です。

$p$ の周りの座標近傍 $(U, x_{1}, \dots, x_{n})$ を固定します。各 $1\leq i\leq n$ に対して曲線 $c_{i} : I_{\varepsilon}\to U$ を\[c_{i} : t\mapsto (0, \dots, 0, \overset{i}{\check{t}}, 0, \dots, 0)\]に取ります。これらの曲線より定まる $p$ における接ベクトルたちを $(\partial_{x_{i}})_{p}$ $($や単に $\partial_{x_{i}}$$)$ と書くことにすれば、$(\partial_{x_{1}})_{p}, \dots, (\partial_{x_{n}})_{p}$ が $p$ における接空間 $T_{p}^{r}(M)$ の $($この座標近傍に対する$)$ 標準的な基底を与えています。上の証明を見返せば、曲線 $c = (c_{1}, \dots, c_{n})$ に対する接ベクトル $v_{c}$ の $t = 0$ におけるJacobi行列はこの基底に関する成分表示を与え、\[v_{c} = \sum_{k = 1}^{n}\dfrac{dc_{k}}{dt}(0)(\partial_{x_{k}})_{p}\]と表示できることが分かります。

今後使うことはないですが、$r = \infty$ の場合における接ベクトルの抽象的な構成法として方向微分を紹介しておきます。

定義2.1.3

$M$ を境界を持たない $C^{r}$ 級多様体とする。各点 $p\in M$ に対し、線形写像 $v : C^{r}(M)\to \R$ であって任意の $f, g\in C^{r}(M)$ に対して\[v(fg) = v(f)g(p) + f(p)v(g)\]が成立するものを $p$ における方向微分という。また、$p$ における方向微分全体からなる集合を $D_{p}^{r}(M)$ と書く。

方向微分について次が成立します。

命題2.1.4

$M$ を境界を持たない $C^{r}$ 級多様体とする。このとき、次が成立する。

(1) $v\in D_{p}^{r}(M)$ とする。$C^{r}$ 級関数 $f, g\in C^{r}(M)$ に対し、ある $p$ の開近傍 $U$ であって $f|_{U}\equiv g|_{U}$ となるものが存在するならば $v(f) = v(g)$ である。
(2) $v\in D_{p}^{r}(M)$ を取る。$p$ のある開近傍上で定数となる $f\in C^{r}(M)$ に対して $v(f) = 0$ が成立する。
(3) $D_{p}^{r}(M)\subset (C^{r}(M))^{*}$ は $T_{p}^{r}(M)$ を含む線形部分空間である。
(4) $r = \infty$ のとき $T_{p}^{\infty}(M) = D_{p}^{\infty}(M)$ である。
証明

(1) 関数 $h\in C^{r}(M)$ であって $h(p)\neq 0$ かつ $h|_{M\setminus U}\equiv 0$ を満たすものを取ります。仮定より $hf = hg$ なので\[v(h)f(p) + h(p)v(f) = v(hf) = v(hg) = v(h)g(p) + h(p)v(g)\]となります。よって、$f(p) = g(p)$ と $h(p)\neq 0$ により $v(f) = v(g)$ です。

(2) 定数関数 $\cst_{1} : M\to \R : q\mapsto 1$ に対して $v(\cst_{1}) = 0$ を示せばよいですが、これは\[v(\cst_{1}) = v(\cst_{1}\cdot \cst_{1}) = 2v(\cst_{1})\]より分かります。

(3) $u, v\in D_{p}^{r}(M)\subset (C^{r}(M))^{*}$ と $a, b\in \R$ に対し、$au + bv\in (C^{r}(M))^{*}$ は\[(au + bv)(f) = a\cdot u(f) + b\cdot v(f)\]として定まります。これが方向微分であることを示せばよいですが、それは $f, g\in C^{r}(M)$ に対して\begin{eqnarray*}(au + bv)(fg) & = & a\cdot u(fg) + b\cdot v(fg) \\& = & a\cdot (u(f)g(p) + f(p)u(g)) + b\cdot (v(f)g(p) + f(p)v(g)) \\& = & (a\cdot u(f) + b\cdot v(f))g(p) + f(p)(a\cdot u(g) + b\cdot v(g)) \\& = & (au + bv)(f)g(p) + f(p)(au + bv)(g)\end{eqnarray*}なので従います。

(4) $p$ を原点とする座標近傍において $C^{\infty}$ 級関数 $f$ が $C^{\infty}$ 級関数 $g_{ij}$ を用いて\[f = f(0) + \sum_{k = 1}^{n}\dfrac{\partial f}{\partial x_{k}}(0)x_{k} + \sum_{1\leq i, j\leq n}g_{ij}x_{i}x_{j}\]と分解できる $($予備知識 補題4.2.73を繰り返し適用$)$ ことから計算でます。つまり、任意の $v\in D_{p}^{\infty}(M)$ に対して\[v(g_{ij}x_{i}x_{j}) = v(g_{ij})x_{i}(0)x_{j}(0) + g_{ij}(0)v(x_{i})x_{j}(0) + g_{ij}(0)x_{i}(0)v(x_{j}) = 0\]なので $v$ は $x_{k}$ たちに対する値のみで決定され、$\dim D_{p}^{\infty}(M)\leq \dim T_{p}^{\infty}(M)$ が従います。$T_{p}^{\infty}(M)\subset D_{p}^{\infty}(M)$ なので $T_{p}^{\infty}(M) = D_{p}^{\infty}(M)$ が分かります。

補足2.1.5

$r < \infty$ のとき、$T_{p}^{r}(M) \neq D_{p}^{r}(M)$ であることが知られています。証明は[松本 多様体の基礎]に書いてあります。

補足2.1.6

多様体の境界での接ベクトルを上の定義のまま導入すると上手くいかない部分があります。例えば、$t = 0$ で $p\in\partial\Rp^{n} \subset \Rp^{n}$ を通る曲線 $c : (-\varepsilon, \varepsilon)$ のJacobi行列 $J_{c}(0)$ の第 $n$ 成分は必ず $0$ なので、$T_{p}^{r}(M)$ と $M(n, 1; \R)$ との間の全単射が構成できなくなります。

そこで、曲線の定義域として半開区間 $[0, \varepsilon)$ および $(-\varepsilon, 0]$ を考え、$t = 0$ における片側微分を用いることで再定義することにします。これにより、$p$ が内点の場合と同様に $n$ 次元線形空間として接空間 $T_{p}^{r}(M)$ ができるようになります $($証明はほぼ同じなので省略します$)$。

また、曲線の定義域として半開区間 $[0, \varepsilon)$ のみを考えると境界上の接空間として $M(n, 1; \R)\cong\R^{n}$ の上半分 $\Rp^{n}$ に対応する部分しか得られないことに注意します。そのため、$(-\varepsilon, 0]$ も考えています。

以下、一応はこのように再定義したとして考えていきますが、必要なければ簡単のため最初の定義に従った議論を行うことにします。

次に、さっき考えた接空間を束ねることで接束 $TM$ を構成します。

命題2.1.7

$TM = \bigsqcup_{p\in M}T_{p}^{r}(M)$ とする。$M$ の各座標近傍 $(U_{\lambda}, x_{1}, \dots, x_{n})$ に対し、写像 $\varPhi_{\lambda} : TU_{\lambda} := \bigsqcup_{p\in U_{\lambda}}T_{p}^{r}(M)\to U_{\lambda}\times\R^{n}$ を\[\sum_{i = 1}^{n}a_{i}(\partial_{x_{i}})_{p}\mapsto (p, a_{1}, \dots, a_{n})\]により定める。座標近傍 $(U_{\lambda}, \varphi_{\lambda}) = (U_{\lambda}, x_{1}, \dots, x_{n})$, $(U_{\mu}, \varphi_{\mu}) = (U_{\mu}, y_{1}, \dots, y_{n})$ において、写像 $\varPhi_{\mu}\circ\varPhi_{\lambda}^{-1} : U_{\lambda\mu}\times \R^{n}\to U_{\lambda\mu}\times \R^{n}$ は、座標変換 $f_{\mu\lambda}$ のJacobi行列 $J_{f_{\mu\lambda}}$ を用いて\[J_{f_{\mu\lambda}}\circ \varphi_{\lambda} : U_{\lambda\mu}\to GL(n; \R) : p\mapsto J_{f_{\mu\lambda}}(\varphi_{\lambda}(p)) = \left[\dfrac{\partial y_{j}}{\partial x_{i}}(\varphi_{\lambda}(p))\right]\]と表される $C^{r - 1}$ 級写像により誘導される。

従って、$TM$ は開被覆 $\{U_{\lambda}\}_{\lambda\in\Lambda}$ と変換関数 $g_{\mu\lambda} = J_{f_{\mu\lambda}}\circ \varphi_{\lambda}$ たちにより構成される $C^{r - 1}$ 級ベクトル束と同一視される $($これにより $TM$ の位相を与える$)$。

証明

$v\in T_{p}^{r}(M)$ に対し、それを代表する $C^{r}$ 級曲線 $c$ を取ります。$\varphi_{\mu}\circ c = f_{\mu\lambda}\circ \varphi_{\lambda}\circ c$ と合成関数の微分法より $J_{\varphi_{\mu}\circ c}(0) = J_{f_{\mu\lambda}}(\varphi_{\lambda}(p))\cdot J_{\varphi_{\lambda}\circ c}(0)$ であるので $T_{p}^{r}(M)$ における変換は $J_{f_{\mu\lambda}}(\varphi_{\lambda}(p))$ より与えられます。$g_{\mu\lambda} = J_{f_{\mu\lambda}}\circ \varphi_{\lambda}$ が変換関数の族を与える $($コサイクル条件を満たす$)$ ことは明らかです。

定義2.1.8

$C^{r}$ 級多様体 $M$ に対し、上のようにして構成されるベクトル束 $TM$ を $M$ の接束といい、その $C^{r - 1}$ 級切断を $C^{r - 1}$ 級ベクトル場という。$C^{r - 1}$ 級ベクトル場 $X$ の点 $p\in M$ における値を $X_{p}$ や $X(p)$ で表す。$r = \infty$ のとき、$C^{\infty}$ 級切断全体からなる $C^{\infty}(M)$ 加群 $\Gamma^{\infty}(TM)$ を $\mathfrak{X}(M)$ と書く。

接束 $TM$ には底空間 $M$ の座標近傍 $(U, \varphi) = (U, x_{1}, \dots, x_{n})$ から定まる標準的な局所自明化 $\varPhi : TU\to U\times \R^{n}$ が各点での標準的な基底により与えられることに注意します。従って、ベクトル場 $X\in \Gamma^{r - 1}(M)$ は座標近傍 $U$ 上では $\sum_{k = 1}^{n}\xi_{k}\partial_{x_{k}}$ と、$C^{r - 1}$ 級関数 $\xi_{k}$ を用いて表すことができます。

$C^{r}$ 級多様体 $M, N$ 間の $C^{r}$ 級写像 $f : M\to N$ に対し、以下のようにして接束の間の $C^{r - 1}$ 級束写像 $Tf : TM\to TN$ が構成されます。

命題2.1.9

$C^{r}$ 級写像 $f : M\to N$ に対し、写像 $f^{*} : C^{r}(N)\to C^{r}(M) : g\mapsto f^{*}g = g\circ f$ は $\R$ 線形であり、その双対写像\[\varPhi : (C^{r}(M))^{*}\to (C^{r}(N))^{*} : v\mapsto (g\mapsto (v\circ f^{*})(g) = v(g\circ f))\]の $T_{p}M$ への制限は線形写像 $(Tf)_{p} : T_{p}M\to T_{f(p)}N$ を定める。そして、これより $C^{r - 1}$ 級の束写像 $Tf :TM\to TN$ が定まる。

証明

$v\in T_{p}M$ を代表ずる $C^{r}$ 級曲線 $c$ を取ります。このとき、\[v(g\circ f) = \dfrac{d(g\circ f\circ c)}{dt}(0) = v_{f\circ c}(g)\]が任意の $g\in C^{r}(N)$ に対して成立するので、$\varPhi(v) = v_{f\circ c}$ です。よって、線形写像 $(Tf)_{p} : T_{p}M\to T_{f(p)}N$ が誘導されます。

これより構成される写像 $Tf : TM\to TN$ が $C^{r - 1}$ 級の束写像であることは、$p\in M$ と $f(p)\in N$ の周りの座標近傍を固定したうえで曲線 $f\circ c$ のJacobi行列が $J_{f\circ c}(0) = J_{f}(p)J_{c}(0)$ を満たしていることから分かります。

定義2.1.10

このように構成される束写像 $Tf : TM\to TN$ を接写像や微分写像という。$Tf$ は $f_{*}$ とも書く。

束写像 $Tf$ の基本的な性質として次があります。

命題2.1.11

$M, N, L$ を $C^{r}$ 級多様体、$f : M\to N$, $g : N\to L$ を $C^{r}$ 級写像とする。このとき次が成立する。

(1) $(g\circ f)_{*} = g_{*}\circ f_{*} : TM\to TL$
(2) 恒等写像 $\Id_{M} : M\to M$ に対してその接写像は恒等写像 $\Id_{TM}$ である。
(3) $f : M\to N$ が $C^{r}$ 級同相写像であることと $f_{*} : TM\to TN$ が束同型であることとは同値である。
証明

(1) $p\in M$ に対して $p$ と $f(p)\in N$, $(g\circ f)(p)\in L$ の座標近傍をそれぞれ固定したとき、Jacobi行列について $J_{g\circ f}(p) = J_{g}(f(p))J_{f}(p)$ が成立するので従います。

(2) 接写像の構成から明らかです。

(3) $f$ が $C^{r}$ 級同相のとき、$(f^{-1})_{*}\circ f_{*} = (\Id_{M})_{*} =\Id_{TM}$, $f_{*}\circ(f^{-1})_{*} = (\Id_{N})_{*} = \Id_{TN}$ なので $f_{*} : TM\to TN$ は束同型です。逆に接写像 $f_{*}$ が束同型のとき、底空間の間に誘導される写像は同相なので $f$ は同相です。あとはその逆写像が $C^{r}$ 級であることを示せばよいですが、これは逆関数定理 $($予備知識 定理4.2.62$)$ より分かります。

以下では $r = \infty$ とします。

ベクトル場 $X\in\mathfrak{X}(M)$ と $f\in C^{\infty}(M)$ に対し、新たな $C^{\infty}$ 級関数 $Xf$ が\[(Xf)(p) = X_{p}(f)\]とすることで得られ、$\mathfrak{X}(M)$ と $C^{\infty}(M)$ のどちらの成分に関しても $\R$ 線型です。特に、ベクトル場 $X$ を固定することで $\R$ 線形写像 $C^{\infty}(M)\to C^{\infty}(M)$ が得られるので $X$ を線形作用素ここでの作用素とは定義域を写像の空間に持つ写像のこと。とみなすことができます。これについて次が成立します。

命題2.1.12

$M$ を $C^{\infty}$ 級多様体とする。このとき、次が成立する。

(1) 任意の $X\in\mathfrak{X}(M)$ と $f, g\in C^{\infty}(M)$ に対して $X(fg) = (Xf)g + f(Xg)$ が成立する。
(2) 任意の $X\in\mathfrak{X}$, $f_{0}, f_{1}\in C^{\infty}(M)$ に対して線形作用素としての関係\[[X, f_{1}] = Xf_{1}, \, [[X, f_{1}], f_{0}] = 0\]が成立する。ただし、$[X, f]$ は交換子積可換環 $R$ の元 $x, y$ に対して $[x, y] = xy - yx$ を交換子積といいます。ここでは $R = \End_{\R}(C^{\infty}(M))$ です。であり、$f$ や $Xf$ は $C^{\infty}(M)$ における関数倍で定まる線形作用素とみなす。
(3) 任意の $X, Y\in\mathfrak{X}(M)$ に対して $[X, Y]\in\mathfrak{X}(M)$ が成立する。
(4) 任意の $X, Y\in\mathfrak{X}(M)$ と $f, g\in C^{\infty}(M)$ に対して\[[fX, gY] = fg[X, Y] + f(Xg)Y - g(Yf)X\]が成立する。
(5) $f : M\to M$ を自己微分同相とするとき、任意の $X\in\mathfrak{X}(M)$ と $h\in C^{\infty}(M)$ に対して\[(f_{*}X)h = (f^{-1})^{*}(X(f^{*}h))\]が成立する。
(6) $f : M\to M$ を自己微分同相とするとき、任意の $X, Y\in\mathfrak{X}(M)$ に対して\[f_{*}[X, Y] = [f_{*}X, f_{*}Y]\]が成立する。
証明

(1) 各点 $p$ で命題2.1.2を適用すればよいです。

(2) 任意の $X\in\mathfrak{X}(M)$ と $f, h\in C^{\infty}(M)$ に対して\[[X, f]h = X(fh) - fXh = (Xf)h\]なので前者が分かります。後者は $C^{\infty}(M)$ の積が可換なので明らかです。

(3) 局所座標を用いて計算より示します。局所的に $X = \sum\xi_{k}\partial_{x_{k}}$, $Y = \sum\eta_{k}\partial_{x_{k}}$ と表されるとします。このとき、$f \in C^{\infty}(M)$ に対し、\begin{eqnarray*}XYf & = & X\left(\sum_{l = 1}^{n}\eta_{l}f_{x_{l}}\right) = \sum_{k = 1}^{n}\xi_{k}\left(\sum_{l = 1}^{n}(\eta_{l})_{x_{k}}f_{x_{l}} + \eta_{l}f_{x_{l}x_{k}}\right) \\YXf & = & Y\left(\sum_{k = 1}^{n}\xi_{k}f_{x_{k}}\right) = \sum_{l = 1}^{n}\eta_{l}\left(\sum_{k = 1}^{n}(\xi_{k})_{x_{l}}f_{x_{k}} + \xi_{k}f_{x_{k}x_{l}}\right)\end{eqnarray*}であり\[(XY - YX)f = \sum_{k = 1}^{n}\sum_{l = 1}^{n}(\xi_{l}(\eta_{k})_{x_{l}} - \eta_{l}(\xi_{k})_{x_{l}})f_{x_{k}}\]を得ます。よって、\[XY - YX = \sum_{k = 1}^{n}\sum_{l = 1}^{n}(\xi_{l}(\eta_{k})_{x_{l}} - \eta_{l}(\xi_{k})_{x_{l}})\partial_{x_{k}}\]です。よって $[X, Y]\in\mathfrak{X}(M)$ となります。

(4) 直接計算より\begin{eqnarray*}[fX, gY] & = & fXgY - gYfX \\& = & f((Xg)Y + gXY) - g((Yf)X + fYX) \\& = & f(Xg)Y - g(Yf)X + fg[X, Y]\end{eqnarray*}

(5) 座標近傍 $(U, \varphi)$ を取ります。このとき、$(f^{-1}(U), \varphi\circ f)$ も座標近傍です。$f_{*}X, h$ の $(U, \varphi)$ における表示と $X, f^{*}h$ の $(f^{-1}(U), \varphi\circ f)$ における表示は等しいので、それぞれにおける $(f_{*}X)h$ と $X(f^{*}h)$ の表示は等しくなります。よって、$(U, \varphi)$ において $(f_{*}X)h = (f^{-1})^{*}(X(f^{*}h))$ です。

(6) 上の結果を用いて直接計算します。任意の $C^{\infty}$ 級関数 $h\in C^{\infty}(M)$ に対して\begin{eqnarray*}(f_{*}X)(f_{*}Y)h & = & (f_{*}X)(f^{-1})^{*}(Y(f^{*}h)) \\& = & (f^{-1})^{*}(X(f^{*}(f^{-1})^{*}(Y(f^{*}h)))) = (f^{-1})^{*}(XY(f^{*}h))\end{eqnarray*}なので\begin{eqnarray*}[f_{*}X, f_{*}Y]h & = & (f^{-1})^{*}(XY(f^{*}h)) - (f^{-1})^{*}(YX(f^{*}h)) \\& = & (f^{-1})^{*}((XY - YX)(f^{*}h)) = (f^{-1})^{*}([X, Y](f^{*}h)) = f_{*}[X, Y]h\end{eqnarray*}が成立します。

補足2.1.13

環における交換子について、一般に次の性質が成立します。

(i) $[x, y + z] = [x, y] + [x, z]$
(ii) $[y, x] = -[x, y]$
(iii) $[[x, y], z] + [[y, z], x] + [[z, y], x] = 0$ $($Jacobi恒等式$)$

いずれも定義に従って展開することで直接示されます。

$\K$ 線形空間 $V$ とその上の二項演算 $[\bullet, \bullet] : V\times V\to V$ であって上記の条件と\[[ax, y] = a[x, y] \, ({}^{\forall}x, y\in V, \, {}^{\forall}a\in\K)\]を満たすものが与えられたとき、その対 $(V, [\bullet, \bullet])$ をLie代数といい、二項演算 $[\bullet, \bullet]$ をLie括弧 $($Lie bracket$)$ といいます。またLie代数 $V, W$ の間の線型準同型であってLie bracketを保つものをLie代数の準同型といいます。同型も同様に定義されます。

例えば、ベクトル場全体 $\mathfrak{X}(M)$ はその交換子積をLie bracketとするLie代数であり、微分同相 $f : M\to N$ はLie代数の同型 $f_{*} : \mathfrak{X}(M)\to \mathfrak{X}(N)$ を与えます。

2.1.2 フロー

次にベクトル場の定めるフローについて述べます。

定義2.1.14

$M$ を $C^{\infty}$ 級多様体とする。$C^{\infty}$ 級写像 $F : M\times \R\to M$ であって次の条件を満たすものを $1$ パラメータ変換群やフロー $($flow$)$ という。

(i) 任意の $t\in \R$ に対して $F_{t} = F|_{M\times\{t\}} : M\to M$ は $C^{\infty}$ 級同相である。
(ii) $F_{0} = \Id_{M}$.
(iii) 任意の $s, t\in \R$ に対して $F_{s}\circ F_{t} = F_{s + t}$ が成立する。

また、単に(i), (ii)を満たすものも時間に依存する時間に依存するという用語は、すぐ後で説明するように、写像 $F$ を生成するベクトル場が時間に見立てた $\R$ 成分に依存するところから来ます。フロー $($time-dependent flow$)$ という。混同の恐れがなければ単にフローともいうことにする。

可微分多様体 $M$ とその上の時間に依存するフロー $F$ が与えられたとき、各点 $p\in M$ に対して $M$ 上の $C^{\infty}$ 級曲線 $c_{q} : \R\to M$ が\[c_{q} : t\mapsto F(q, t)\]により定義できます。そこで、各 $(p, t_{0})\in M\times \R$ に対し、$p$ における接ベクトル $v_{p, t_{0}}\in T_{p}M$ を $c_{F_{t}^{-1}(p)}$ が $t = t_{0}$ において定める接ベクトルとして定めます。これにより $($滑らかに$)$ 時間変化するベクトル場 $\tilde{X} = \{X^{t}\}_{t\in\R}$ が $X_{p}^{t} = v_{p, t}$ と定めることで得られ、これをフロー $F$ の生成する時間変化するベクトル場といいます。

また、$F$ が $1$ パラメータ変換群のときは $F_{s} = F_{s + t}\circ F_{-t} = F_{s + t}\circ (F_{t})^{-1}$ により $c_{p}(s) = c_{F_{t}^{-1}(p)}(s + t)$ が常に成立するので、任意の $(p, t)\in M\times \R$ で $v_{p, 0} = v_{p, t}$ を満たし、$X^{t}$ は時間に依らないある一つのベクトル場 $X$ になります。

可微分閉多様体においてはこの逆が成立し、時間変化するベクトル場 $\tilde{X}$ から時間に依存するフロー $F$ が、ベクトル場 $X$ からは $1$ パラメータ変換群が一意に生成します。

定理2.1.15

$M$ を可微分閉多様体とする。任意の滑らかに時間変化するベクトル場 $\tilde{X} = \{X^{t}\}_{t\in\R}$ に対し、時間に依存するフロー $F$ であって $\tilde{X}$ を生成するものが一意に存在する。もし、ベクトル場 $X^{t}$ が時間によらないベクトル場 $X$ ならば $F$ は $1$ パラメータ変換群である。

証明

前半の時間に依存するフロー $F$ の存在と一意性はそのうち別ページで証明する予定です。ここでは概略だけを述べます。

まず、定理の主張は常微分方程式\[F_{*}(\partial_{t})_{(p, t)} = \dfrac{dF}{dt}(p, t) = X_{F(p, t)}^{t}\]が初期条件 $F_{0} = \Id_{M}$ のもとで大域解を持つということを主張しているのですが、これは局所的には常微分方程式の解の存在と一意性より一意解を持ち滑らかです。

そこで、各 $(p, t)\in M\times \R$ の近傍における局所解を順よく貼り合わせていく $($一意性から貼り合う$)$ ことで全体での解を構成します。まず、各 $M\times \{t\}$ がコンパクトであることに着目し、その近傍での解を有限個の局所解から構成します。このとき、$M\times \{t\}$ の周りで正の時間は解が存在することが分かります。次に、$0$ を含む開区間 $I = (a, b)$ であって $M\times I$ 上の解が存在するもののうち極大なものを取ります。もし、$a, b$ の一方でも有限ならばその近傍での貼り合わせにより解を正の時間延長できるので極大性に矛盾します。よって、$I = \R$ であり大域的に解けることが示されます。

後半について示します。$t\in\R$ を任意の取り、\[\tilde{F} : M\times\R\to M : (p, s)\mapsto F_{s + t}\circ F_{t}^{-1}(p)\]と定めます。各 $\tilde{F}_{t}$ が $C^{\infty}$ 級同相であることと $\tilde{F}_{0} = \Id_{M}$ であることは明らかです。このとき、\[\dfrac{d\tilde{F}}{ds}(p, s) = X_{F(F_{t}^{-1}(p), s + t)} = X_{\tilde{F}(p, s)}\]を満たします。よって、$F, \tilde{F}$ はともにベクトル場 $X$ から生成するフローであり、その一意性から $F = \tilde{F}$ です。よって、$F_{s + t} = \tilde{F}_{s}\circ F_{t} = F_{s}\circ F_{t}$ を得ます。

補足2.1.16

可微分多様体 $M$ に対してその境界 $\partial M$ の接束を包含写像 $i : \partial M\to M$ の誘導する接写像 $i_{*} : T(\partial M)\to TM$ によって全空間の接束 $TM$ の部分とみなします。時間変化するベクトル場 $\tilde{X}$ が境界 $\partial M$ の各点 $p$ と各時刻 $t$ において $T_{p}(\partial M)$ に値を持つとき $($境界に適合した時間変化するベクトル場ということにします$)$、この時間変化するベクトル場に関する常微分方程式\[\dfrac{dF}{dt}(p, t) = X_{F(p, t)}^{t}\]は境界の各点の相対コンパクト開近傍においても必ず正の時間だけの局所解を持ちます。よって、定理2.1.15はもう少し一般にコンパクト可微分多様体上の境界に適合した時間変化するベクトル場について成立します。

ついでに、$C^{\infty}$ 級同相写像が境界を保つことから、時間に依存するフローが生成する時間変化するベクトル場は境界に適合した時間変化するベクトル場であることが分かります。

補足2.1.17

任意の時間変化するベクトル場 $\tilde{X}$ が時間に依存するフロー $F$ を生成するとは限りませんが、境界に適合してさえいれば各点の相対コンパクトな開近傍 $U$ 上においてこの時間変化するベクトル場 $\tilde{X}$ に関する常微分方程式\[\dfrac{dF}{dt}(p, t) = X_{F(p, t)}^{t}\]は必ず正の時だけ局所解を持ちます。

よって、一般の $M$ の開集合 $U$ $($特に $M$ 自身$)$ について、$U$ 上定義された正値連続関数 $f_{+} : U\to \R$ と負値連続関数 $f_{-} : U\to \R$ を用いて $\{(p, t)\in M\times \R\mid p\in U, t\in (f_{-}(p), f_{+}(p))\}$ と表されるある開集合上で常微分方程式 $\dfrac{dF}{dt}(p, t) = X_{F(p, t)}^{t}$ は解を持ちます。この解 $F$ を時間変化するベクトル場 $\tilde{X}$ の生成する $U$ 上の局所フローと呼ぶことにします。

ということで、ベクトル場は作用素やフローとして解釈できることが分かりましたが、次はその両者の間に成立する関係です。

命題2.1.18

$M$ を可微分多様体、$X\in\mathfrak{X}(M)$ を $M$ 上の境界に適合したベクトル場、$F$ をその生成する局所フローとする。このとき、任意の $C^{\infty}$ 級関数 $f\in C^{\infty}(M)$ に対して\[(Xf)(p) = \lim_{t\to 0}\dfrac{f\circ F_{t}(p) - f(p)}{t}\]が成立する。

証明

$p\in M$ を固定したとき、$F_{t}(p)$ が $t = 0$ において接ベクトル $X_{p}$ を持つ曲線を定めるのでそうです。

ベクトル場が与えられたとき、それがフローを生成していると扱いがいいので名前を与えておきます。

定義2.1.19

可微分多様体 $M$ に対してベクトル場 $X$ が完備であるとは、$X$ を生成する $1$ パラメータ変換群 $F$ が存在することと定める。

完備なベクトル場とそうでないベクトル場の例を挙げる前に、ベクトル場 $X$ に沿った曲線として積分曲線を次のように定義します。

定義2.1.20

可微分多様体 $M$ とその上のベクトル場 $X$ を取る。開区間 $I$ 上で定義された $C^{\infty}$ 級曲線 $c : I\to M$ がベクトル場 $X$ の積分曲線であるとは、任意の $t_{0}\in I$ に対してこの曲線 $c$ が $t = t_{0}$ において定める接ベクトル $v_{t_{0}}$ が $X_{c(t_{0})}$ に等しいことと定める。

常微分方程式の解と存在の一意性より、各点で時間局所的には積分曲線が一意に存在することに注意します。

ベクトル場 $X$ の生成する $1$ パラメータ変換群は各点 $p\in M$ に対して $c(0) = p$ を満たす $\R$ 上定義された $($つまり、時間成分に対して大域的な$)$ 積分曲線を与え、逆にベクトル場 $X$ に対して各点でこのような $\R$ 上定義された積分曲線が存在するならば、それらを束ねることで $1$ パラメータ変換群が得られるので $X$ は完備となることに注意します。

例2.1.21

(a) 定理2.1.15より可微分閉多様体上のベクトル場はすべて完備です。
(b) Euclid空間 $\R^{n}$ においてベクトル場 $X = \partial_{x_{1}}$ は $1$ パラメータ変換群\[F : \R^{n}\times \R\to \R^{n} : (x_{1}, \dots, x_{n}, t)\mapsto (x_{1} + t, \dots, x_{n})\]を生成し、完備です。
(c) Euclid空間 $\R^{n}$ においてベクトル場 $X = e^{x_{1}}\partial_{x_{1}}$ は完備ではありません。$t = 0$ において原点を通る曲線 $c = (c_{1},\dots, c_{n})$ を\[c : (-\infty, 1)\to \R^{n} : t\mapsto (-\log(1 - t), 0, \dots, 0)\]により定めるとき、$\dfrac{dc}{dt}(t) = (1/(1 - t), 0, \dots, 0) = (e^{c_{1}(t)}, 0, \dots, 0) = X_{c(p)}$ なので積分曲線となっていますが、これは $t = 1$ 以降へは拡張しません。よって、$X$ が完備でないことが従います。
補足2.1.22

完備なベクトル場と $1$ パラメータ変換群は互いに一方が他方を生成しますが、この対応は構成から互いに一方が他方の逆対応となっています。よって、両者の間の $1$ 対 $1$ 対応私は全単射の意味で使います。$1$ 対 $1$ 対応といって単射を指すこともあるみたいですが。を与えます。

次の命題によれば、ベクトル場はその零点以外においては局所的にその表示を整理することができます。局所的な計算をするときに便利です。

命題2.1.23

$M$ を可微分多様体とし、$X\in \mathfrak{X}(M)$ を境界に適合したベクトル場とする。$X_{p}\neq 0$ なる点 $p\in M$ に対し、その周りの座標近傍 $(U, \varphi) = (U, x_{1}, \dots, x_{n})$ であって $U$ における $X$ の局所表示が $\partial_{x_{1}}$ であるものが存在する。

証明

$p\in \Int M$ の場合をまず示します。$p$ の周りの座標近傍 $(U', \varphi') = (U', y_{1}, \dots, y_{n})$ であって、$p$ における $X$ の $\partial_{y_{1}}$ 成分が $0$ でないものを取ります。$p$ の周りで生成する $X$ の局所的なフロー $F : U''\times I_{\varepsilon}\to M$、ただし $I_{\varepsilon}$ は開区間 $(-\varepsilon, \varepsilon)$、を取り、\[F\circ(\varphi'^{-1}\times \Id_{\R}) : (\varphi'(U'')\cap(\{y_{1}(p)\}\times \R^{n -1}))\times I_{\varepsilon}\to U'\times I_{\varepsilon}\to M\]を考え、$\varphi'(p)$ において逆関数定理 $($予備知識 定理4.2.62$)$ を適用することで求めていた座標近傍が得られます。

$p\in \partial M$ の場合はベクトル場 $X$ の $U'$ 上の局所表示を $\R^{n}$ における開集合に $($いったん$)$ 拡張すれば後は同じです。

補足2.1.24

このような座標近傍 $(U, \varphi)$ を流箱 $($flow box$)$ といい、よく $\varphi(U) = V\times I_{\varepsilon}$ の形に整えたりします境界においては順番を取り換える必要がありますが…

以上で構成したフローを用いることでベクトル場を"流す"ことができます。つまり、ベクトル場 $X, Y$ と $X$ の生成するフロー $F_{X} = \{F_{X, t}\}_{t\in\R}$ が与えられたとき、$Y^{t} = (F_{X, -t})_{*}Y$ とすることで時間変化するベクトル場 $\tilde{Y} = \{Y^{t}\}_{t\in\R}$ が得られます。

そして、この時間変化するベクトル場 $\tilde{Y}$ の $t = 0$ における微分\[\mathcal{L}_{X}Y = \dfrac{dY^{t}}{dt} = \lim_{t\to 0}\dfrac{(F_{X, -t})_{*}Y - Y}{t}\]により新たなベクトル場 $\mathcal{L}_{X}Y$ が構成されます。

定義2.1.25

ベクトル場 $X\in \mathfrak{X}(M)$ に対し、\[\mathcal{L}_{X}Y = \dfrac{dY^{t}}{dt} = \lim_{t\to 0}\dfrac{(F_{X, -t})_{*}Y - Y}{t}\]により定まる線形作用素 $\mathcal{L}_{X} : \mathfrak{X}(M)\to \mathfrak{X}(M)$ をベクトル場に対するLie微分という。ただし、$X$ が完備でない場合は各点の近傍における局所的なフローを用いて $\mathcal{L}_{X}$ を構成し、境界に適合していない場合はいったん $\Int M$ 上で構成した後にその境界への連続拡張として $\mathcal{L}_{X}$ を構成する。

Lie微分について次が成立します。

命題2.1.26

任意のベクトル場 $X, Y\in \mathfrak{X}(M)$ に対して次が成立する。

(1) $\mathcal{L}_{X}Y = [X, Y]$.
(2) $[\mathcal{L}_{X}, \mathcal{L}_{Y}] = \mathcal{L}_{[X, Y]}$
証明

(1) 任意の $C^{\infty}$ 級関数 $f\in C^{\infty}(M)$ に対して\begin{eqnarray*}(\mathcal{L}_{X}Y)f & = & \left(\lim_{t\to 0}\dfrac{(F_{X, -t})_{*}Y - Y}{t}\right)f \\& = & \lim_{t\to 0}\left(\dfrac{(F_{X, -t})_{*}Y - Y}{t}f\right) \\& = & \lim_{t\to 0}\dfrac{((F_{X, -t})_{*}Y)f - Yf}{t} \\& = & \lim_{t\to 0}\dfrac{((F_{X, -t})^{-1})^{*}(Y(F_{X, -t})^{*}f) - Yf}{t} \\& = & \lim_{t\to 0}\dfrac{(F_{X, t})^{*}(Y(F_{X, -t})^{*}f) - (F_{X, t})^{*}(Yf) + (F_{X, t})^{*}(Yf) - Yf}{t} \\& = & \lim_{t\to 0}\dfrac{(F_{X, t})^{*}(Y((F_{X, -t})^{*}f - f)) + (F_{X, t})^{*}(Yf) - Yf}{t} \\& = & -YXf + XYf = [X, Y]f\end{eqnarray*}です。

詳細

最初の\[\left(\lim_{t\to 0}\dfrac{(F_{X, -t})_{*}Y - Y}{t}\right)f = \lim_{t\to 0}\left(\dfrac{(F_{X, -t})_{*}Y - Y}{t}f\right)\]と最後の\[\lim_{t\to 0}\dfrac{(F_{X, t})^{*}(Y((F_{X, -t})^{*}f - f)) + (F_{X, t})^{*}(Yf) - Yf}{t} = -YXf + XYf\]は $X$ に対して命題2.1.23を用いて局所座標系を取り、具体的に計算すればよいです。他は命題2.1.12などによる式変形です。

(2) 任意のベクトル場 $Z\in\mathfrak{X}(M)$ に対して\begin{eqnarray*}[\mathcal{L}_{X}, \mathcal{L}_{Y}]Z & = & \mathcal{L}_{X}[Y, Z] - \mathcal{L}_{Y}[X, Z] \\& = & [X, [Y, Z]] - [Y, [X, Z]] \\& = & -[[Y, Z], X] - [[Z, X], Y] \\& = & [[X, Y], Z] = \mathcal{L}_{[X, Y]}Z \end{eqnarray*}です。

命題2.1.27

完備なベクトル場 $X, Y\in\mathfrak{X}(M)$ を取り、その生成するフローを $F_{X}, F_{Y}$ とする。このとき、任意の $s, t\in \R$ に対して $F_{X, s}$ と $F_{Y, t}$ が可換であることと $[X, Y] = 0$ であることとは同値である。

証明

$\mathcal{L}_{X}Y = [X, Y] = 0$ のとき $F_{X, s}$ と $F_{Y, t}$ が可換であることを示します。このとき、任意の $t\in\R$ に対して $(F_{X, t})_{*}Y = Y$ が成立するので、$F_{Y}(F_{X}(p, s), t)$, $F_{X}(F_{Y}(p, t), s)$ に対して $p$ と $s$ を固定して得られる曲線はともに $F_{X}(p, s)$ を始点とする $Y$ の積分曲線です。積分曲線の一意性より\[F_{Y}(F_{X}(p, s), t) = F_{X}(F_{Y}(p, t), s)\]であり、各パラメータは任意なので確かめられました。

逆は逆にたどればよいです。

以上です。

メモ

フローの存在定理の証明は正直そこまで優先度高くないと思うので後回しにしますが、そのうちちゃんと書くつもりです。

更新履歴

2022/11/02
cyclic conditionからコサイクル条件 $($cocycle condition$)$ へ用語を修正。
2024/03/02
逆関数定理などの解析的な補題の参照先を変更。