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数学ノートについて
第2章 ベクトル場と微分形式

この章ではベクトル場と微分形式をまとめます。また、この章では多様体などの滑らかさについて $C^{r}$ 級といったら $r \geq 1$ とします。

2.1 ベクトル場とフロー
2.1.1 接空間とベクトル場
接ベクトルと接空間

ベクトル場を導入します。これは多様体上で「流れ」を記述するもので、例えば、$3$ 次元空間中の流体の流れを記述する際に各点ごとその流体がどの方向にどのような速度で流れているか、つまり、速度ベクトルを対応させていたのと同様に、多様体の各点に方向と大きさを持ったベクトルを対応させたものです。

これを考えるため、まずは各点ごとにその方向と大きさを持ったベクトルというのを定式化します。簡単のため境界を持たない場合を考えます。

定義2.1.1
(接ベクトル)

$M$ を境界を持たない $C^{r}$ 級多様体とする。

(1) 開区間 $J$ 上で定義された $C^{r}$ 級曲線 $c : J\to M$ と $t_{0}\in J$ に対し、線型写像 $\frac{dc}{dt}|_{t = t_{0}} : C^{r}(M)\to \R$ を\[\left.\dfrac{dc}{dt}\right|_{t = t_{0}}(f) := \dfrac{d(f\circ c)}{dt}(t_{0})\]により定める。これを $C^{r}$ 級曲線 $c$ の $t = t_{0}$ における速度ベクトルという。変数を省略して単に $t_{0}$ における速度ベクトルともいうことにする。また、$\tfrac{dc}{dt}|_{t = t_{0}}$ は $\tfrac{dc}{dt}(t_{0})$ とも表すことにする。
(2) $p$ を $M$ の点とする。線型写像 $v : C^{r}(M)\to \R$ であって $C^{r}$ 級曲線 $c : J\to M$ の $c(t_{0}) = p$ を満たす $t_{0}\in J$ における速度ベクトルとして表されるものを $p$ における接ベクトルという。点 $p$ における接ベクトル全体からなる集合を $p$ における接空間といい $T_{p}^{r}M$ や $T_{p}^{r}(M)$ により表す。
補足2.1.2

(a) $C^{r}$ 級曲線 $c : J\to M$ について、$0\in J$ の場合にはその $t = 0$ における速度ベクトルは単に $v_{c}$ とも表すことにします。
(b) $C^{r}$ 級曲線 $c$ の $t = t_{0}$ における接ベクトルは $c'(t) := c(t + t_{0})$ で定義される $C^{r}$ 級曲線 $c'$ の $t = 0$ における接ベクトルに一致します。これは合成関数の微分法から明らかです。従って、点 $p\in M$ における接ベクトル $v$ とは $c(0) = p$ を満たす $C^{r}$ 級曲線 $c$ を用いて $v = v_{c}$ と表すことのできる線型写像のことになります。

接ベクトルと接空間の重要な性質として次のことが挙げられます。

命題2.1.3

$M$ を境界を持たない $n$ 次元 $C^{r}$ 級多様体、$p$ を $M$ の点とする。このとき次が成立する。

(1) $v\in T_{p}^{r}(M)$ とする。任意の $C^{r}$ 級関数 $f, g\in C^{r}(M)$ に対して $v(fg) = v(f)g(p) + f(p)v(g)$ が成立する。
(2) $v\in T_{p}^{r}(M)$ とする。$C^{r}$ 級関数 $f, g\in C^{r}(M)$ に対し、$p$ のある開近傍 $U$ であって $f|_{U} = g|_{U}$ となるものが存在するならば $v(f) = v(g)$ である。
(3) $T_{p}^{r}(M)$ は線型空間 $(C^{r}(M))^{*} := \Hom_{\R}(C^{r}(M), \R)$ の $n$ 次元部分空間である。
証明

(1) 接ベクトル $v$ に対して $v_{c} = v$ を満たす $C^{r}$ 級曲線 $c : J\to M$ を取ります。このとき、\begin{eqnarray*}v(fg) & = & \dfrac{d((fg)\circ c)}{dt}(0) = \dfrac{d((f\circ c)(g\circ c))}{dt}(0) \\& = & \dfrac{d(f\circ c)}{dt}(0)g(p) + f(p)\dfrac{d(g\circ c)}{dt}(0) = v(f)g(p) + f(p)v(g)\end{eqnarray*}となっています。

(2) 明らかです。

(3) $p$ の周りの座標近傍 $(U, \varphi)$ を取ります。また、正実数 $\varepsilon > 0$ を固定し、開区間 $I_{\varepsilon} := (-\varepsilon, \varepsilon)$ を取ります。次の流れで示します。

(step 1) $c_{i}(0) = p$ となる $C^{r}$ 級曲線 $c_{i}\in C^{r}(I_{\varepsilon}, U) \ (i = 1, 2)$ に対し、その $t = 0$ における速度ベクトルが等しいこととこれらの曲線が $t = 0$ において定めるJacobi行列 $J_{\varphi\circ c_{i}}(0)$ が等しいこととは同値である。
(step 2) 任意の行列 $A\in M(n, 1; \R)$ に対し、ある $C^{r}$ 級曲線 $c\in C^{r}(I_{\varepsilon}, U)$ であって $c(0) = p$ かつ $J_{\varphi\circ c}(0) = A$ を満たすものが存在する。
(step 3) 写像 $\varPhi : M(n, 1; \R)\to T_{p}^{r}(M)\subset (C^{r}(M))^{*}$ を $c(0) = p$ を満たす任意の $C^{r}$ 級曲線 $c\in C^{r}(I_{\varepsilon}, U)$ に対して $\varPhi(J_{\varphi\circ c}(0)) = v_{c}$ を満たすように定める。この $\varPhi$ は全単射であり線型写像になっている。よって、$T_{p}^{r}(M)$ は線型空間 $(C^{r}(M))^{*}$ の $n$ 次元部分空間である。

(step 1) 任意の $f\in C^{r}(M)$ に対して $v_{c_{i}}(f)$ の値は合成 $f\circ c_{i}$ の $t = 0$ におけるJacobi行列 $J_{f\circ c_{i}}(0)$ $($の唯一の成分$)$ ですが、これは合成関数の微分法より\[J_{f\circ c_{i}}(0) = J_{f\circ \varphi^{-1}}(\varphi(p))\cdot J_{\varphi\circ c_{i}}(0)\]であり、$J_{\varphi\circ c_{1}}(0) = J_{\varphi\circ c_{2}}(0)$ ならば $v_{c_{1}}(f) = v_{c_{2}}(f)$ です。よって、$v_{c_{1}} = v_{c_{2}}$ です。

あとは $J_{\varphi\circ c_{1}}(0)\neq J_{\varphi\circ c_{2}}(0)$ として $v_{c_{1}}\neq v_{c_{2}}$ を示せばよいです。$J_{\varphi\circ c_{i}}(0)$ の $k$ 行目の成分が異なっていたとします。$C^{r}$ 級関数 $f\in C^{r}(M)$ を合成 $f\circ \varphi^{-1}$ が $\varphi(p)\in \varphi(U)$ の近傍で $(f\circ \varphi^{-1})(x_{1}, \dots, x_{n}) = x_{k}$ を満たすよう取ります。Jacobi行列 $J_{f\circ \varphi^{-1}}(\varphi(p))$ の各成分はちょうど $k$ 列目が $1$ である以外は $0$ であり、\[v_{c_{1}}(f) = J_{f\circ \varphi^{-1}}(\varphi(p))\cdot J_{\varphi\circ c_{1}}(0)\neq J_{f\circ \varphi^{-1}}(\varphi(p))\cdot J_{\varphi\circ c_{2}}(0) = v_{c_{2}}(f)\]となるので $v_{c_{1}}\neq v_{c_{2}}$ です。

(step 2) $\varphi(p) = (p_{1}, \dots, p_{n})$ とします。行列 $A = \left[\begin{array}{c}a_{1} \\\vdots \\a_{n}\end{array}\right]$ に対して $C^{r}$ 級曲線 $c\in C^{r}(I_{\varepsilon}, U)$ を $($原点近傍において$)$\[c(t) := \varphi^{-1}(a_{1}t + p_{1}, \dots, a_{n}t + p_{n})\]となるように定めることでこの $c$ の $t = 0$ におけるJacobi行列が $A$ になります。

(step 3) $\varPhi$ が写像として定まって全単射であることは(step 1)と(step 2)から分かるので、あとは線型写像になっていることを示せばよいです。線型写像 $D : C^{r}(M)\to M(1, n; \R)$ を\[D(f) := J_{f\circ \varphi^{-1}}(\varphi(p))\]と定めます。標準的な同一視\[M(n, 1; \R)\cong M(1, n; \R)^{*} : A\mapsto F_{A} := {}\cdot A\]に注意して、任意の $f\in C^{r}(M)$, $A\in M(n, 1; \R)$ に対して\[\varPhi(A)(f) = D(f)\cdot A = F_{A}(D(f)) = D^{*}(A)(f)\]が成立します。つまり、$\varPhi$ は $D$ の双対写像であり線型写像です。

点 $p\in M$ の周りの座標近傍 $(U, \varphi = (x_{1}, \dots, x_{n}))$ を固定します。十分小さい正実数 $\varepsilon > 0$ を固定し、開区間 $I_{\varepsilon} := (-\varepsilon, \varepsilon)$ を取ります。各 $1\leq k\leq n$ に対して曲線 $c_{k} : I_{\varepsilon}\to U$ を\[c_{k} : t\mapsto \varphi^{-1}(0, \dots, 0, \overset{k}{\check{t}}, 0, \dots, 0)\]に取ります。これらの曲線が $p$ において定める接ベクトルたちを $(\partial_{x_{i}})_{p}$ と書くことにすれば、$(\partial_{x_{1}})_{p}, \dots, (\partial_{x_{n}})_{p}$ が $p$ における接空間 $T_{p}^{r}(M)$ の $($この座標近傍に関する$)$ 標準的な基底を与えます。

$c(0) = p$ を満たす $C^{r}$ 級曲線 $c : I_{\varepsilon}\to M$ の定める接ベクトル $v_{c}$ のこの標準基底に関する成分表示は合成 $\varphi\circ c$ の $t = 0$ におけるJacobi行列により与えられ、$\varphi\circ c = (c_{1}, \dots, c_{n})$ と成分分解して表すとすれば、具体的に\[v_{c} = \sum_{k = 1}^{n}\dfrac{dc_{k}}{dt}(0)(\partial_{x_{k}})_{p}\]と表示できます。

補足2.1.4
(境界における接空間)

境界を持つ $C^{r}$ 級多様体に対しては接ベクトルを定義2.1.1のまま導入すると上手くいかない部分があります。例えば、$t = 0$ で $p\in\partial\Rp^{n} \subset \Rp^{n}$ を通る曲線 $c$ のJacobi行列 $J_{c}(0)$ の第 $n$ 成分は必ず $0$ であり、境界に「接する」ものしか考えられなくなります。

これを回避するには、$C^{r}$ 級曲線の始域として半開区間 $[0, \varepsilon)$ および $(-\varepsilon, 0]$ を考えることにして、その $t = 0$ における速度ベクトルは片側微分を用いて取るようにします。これにより境界を持たない場合と同様に接空間 $T_{p}^{r}(M)$ が構成でき、$(C^{r}(M))^{*}$ の $n$ 次元部分空間になります半開区間 $[0, \varepsilon)$ のみだと境界点において「内向き」の接ベクトルしか得られないため、「外向き」の接ベクトルを補完するために $(-\varepsilon, 0]$ も考えています。

図2.1.1 : 境界における接ベクトル

また、$C^{r}$ 級曲線の始域として半開区間 $[0, \varepsilon)$ のみを考えることにして、その速度ベクトルとして得られる点 $p$ における接ベクトルたちが $(C^{r}(M))^{*}$ の中で生成する部分空間を $p$ における接空間 $T_{p}^{r}(M)$ として与えてもよいでしょう。この構成であれば角を持つ $C^{r}$ 級多様体の角においても上手くいきます。

方向微分による構成

方向微分を定義します。$r = \infty$ の場合には接ベクトルと同等の対象になり、接空間を方向微分全体として構成することもできます。

定義2.1.5
(方向微分)

$M$ を境界を持たない $C^{r}$ 級多様体、$p$ を $M$ の点とする。線型写像 $v : C^{r}(M)\to \R$ であって任意の $f, g\in C^{r}(M)$ に対して\[v(fg) = v(f)g(p) + f(p)v(g)\]を満たすものを $p$ における方向微分という。また、$p$ における方向微分全体からなる集合を $D_{p}^{r}(M)$ で表すことにする

方向微分について次が成立します。

命題2.1.6

$M$ を境界を持たない $C^{r}$ 級多様体、$p$ を $M$ の点とする。このとき、次が成立する。

(1) $v\in D_{p}^{r}(M)$ とする。$C^{r}$ 級関数 $f, g\in C^{r}(M)$ に対し、$p$ のある開近傍 $U$ であって $f|_{U} = g|_{U}$ を満たすものが存在するならば $v(f) = v(g)$ である。
(2) $v\in D_{p}^{r}(M)$ とする。$p$ のある開近傍上で定数となる $f\in C^{r}(M)$ に対して $v(f) = 0$ が成立する。
(3) $D_{p}^{r}(M)\subset (C^{r}(M))^{*}$ は $T_{p}^{r}(M)$ を含む線型部分空間である。
(4) $r = \infty$ のとき $T_{p}^{\infty}(M) = D_{p}^{\infty}(M)$ が成立する。
証明

(1) $C^{r}$ 級関数 $h\in C^{r}(M)$ であって $h(p)\neq 0$ かつ $\supp h\subset U$ を満たすものを取ります。仮定より $hf = hg$ なので\[v(h)f(p) + h(p)v(f) = v(hf) = v(hg) = v(h)g(p) + h(p)v(g)\]となります。よって、$f(p) = g(p)$ と $h(p)\neq 0$ により $v(f) = v(g)$ です。

(2) 定数関数 $\cst_{1} : M\to \R : q\mapsto 1$ に対して $v(\cst_{1}) = 0$ を示せばよいですが、これは\[v(\cst_{1}) = v(\cst_{1}\cdot \cst_{1}) = 2v(\cst_{1})\]より分かります。

(3) $u, v\in D_{p}^{r}(M)\subset (C^{r}(M))^{*}$ と $a, b\in \R$ に対し、$au + bv\in (C^{r}(M))^{*}$ は\[(au + bv)(f) = a\cdot u(f) + b\cdot v(f)\]として定まります。これが方向微分であることを示せばよいですが、それは $f, g\in C^{r}(M)$ に対して\begin{eqnarray*}(au + bv)(fg) & = & a\cdot u(fg) + b\cdot v(fg) \\& = & a\cdot (u(f)g(p) + f(p)u(g)) + b\cdot (v(f)g(p) + f(p)v(g)) \\& = & (a\cdot u(f) + b\cdot v(f))g(p) + f(p)(a\cdot u(g) + b\cdot v(g)) \\& = & (au + bv)(f)g(p) + f(p)(au + bv)(g)\end{eqnarray*}なのでよいです。$T_{p}^{r}(M)\subset D_{p}^{r}(M)$ は明らかです。

(4) 点 $p$ を原点とする座標近傍 $(U, \varphi)$ を固定します。$C^{\infty}$ 級関数 $f\in C^{\infty}(M)$ に対してその局所表示 $f\circ \varphi^{-1}$ をそのまま $f$ で表すとして、これは $C^{\infty}$ 級関数 $g_{ij} : \varphi(U)\to \R$ を用いて\[f = f(0) + \sum_{k = 1}^{n}\dfrac{\partial f}{\partial x_{k}}(0)x_{k} + \sum_{1\leq i, j\leq n}g_{ij}x_{i}x_{j}\]と表せます予備知識 補題4.2.73を繰り返し適用。。そして、方向微分 $v\in D_{p}^{\infty}(M)$ に対して\[v(g_{ij}x_{i}x_{j}) = v(g_{ij})x_{i}(0)x_{j}(0) + g_{ij}(0)v(x_{i})x_{j}(0) + g_{ij}(0)x_{i}(0)v(x_{j}) = 0\]であることから\[v(f) = \sum_{k = 1}^{n}\dfrac{\partial f}{\partial x_{k}}(0)v(x_{k})\]が成立します。任意の $f, v$ でこれが成立することから各 $v\in D_{p}^{\infty}(M)$ は $v(x_{1}), \dots, v(x_{n})$ の値で決まり、よって、$\dim D_{p}^{\infty}(M)\leq n = \dim T_{p}^{\infty}(M)$ です。$T_{p}^{\infty}(M)\subset D_{p}^{\infty}(M)$ なので $T_{p}^{\infty}(M) = D_{p}^{\infty}(M)$ です。

補足2.1.7
($r < \infty$ の場合の方向微分)

$r < \infty$ のときは $T_{p}^{r}(M) \neq D_{p}^{r}(M)$ であることが知られています。証明は[松本 多様体の基礎]を参照。

補足2.1.8
(境界や角における方向微分)

境界や角においても全く同様に方向微分は定義でき、証明も全く同様にして $T_{p}^{\infty}(M) = D_{p}^{\infty}(M)$ が示されます。

接束とベクトル場

各点における接空間を束ねることで接束と呼ばれるベクトル束が構成され、その切断としてベクトル場が定義されます。

命題2.1.9
(接束の構成)

$(M, \{(U_{\lambda}, \varphi_{\lambda})\}_{\lambda\in\Lambda})$ を $C^{r}$ 級多様体とする。

(1) 各 $\lambda\in \Lambda$ に対して写像 $\varPhi_{\lambda} : TU_{\lambda} := \bigsqcup_{p\in U_{\lambda}}T_{p}^{r}(M)\to U_{\lambda}\times\R^{n}$ を\[\sum_{i = 1}^{n}a_{i}(\partial_{x_{i}})_{p}\mapsto (p, a_{1}, \dots, a_{n})\]により定める。この $($位相は未考慮の$)$ 局所自明化 $\varPhi_{\lambda}, \varPhi_{\mu}$ の間に定まる変換関数 $g_{\mu\lambda} : U_{\lambda\mu} := U_{\lambda}\cap U_{\mu}\to GL(n; \R)$ は座標変換 $f_{\mu\lambda}$ のJacobi行列 $J_{f_{\mu\lambda}}$ を用いて $g_{\mu\lambda} = J_{f_{\mu\lambda}}\circ \varphi_{\lambda}$ で表される。具体的には、座標変数を $\varphi_{\lambda} = (x_{1}, \dots, x_{n})$, $\varphi_{\mu} = (y_{1}, \dots, y_{n})$ として\[(\partial_{x_{j}})_{p} = \sum_{i = 1}^{n}\dfrac{\partial y_{i}}{\partial x_{j}}(\varphi_{\lambda}(p))(\partial_{y_{i}})_{p}\]の関係があることから変換関数は\[g_{\mu\lambda}(p) = J_{f_{\mu\lambda}}(\varphi_{\lambda}(p))= \left[\dfrac{\partial y_{i}}{\partial x_{j}}(\varphi_{\lambda}(p))\right]_{1\leq i, j\leq n}\]と表され、各 $g_{\mu\lambda}$ は $C^{r - 1}$ 級写像である。
(2) $TM := \bigsqcup_{p\in M}T_{p}^{r}(M)$ は各 $\varPhi_{\lambda}^{-1}$ を開埋め込みとする位相が入り、明らかな射影 $TM\to M$ と合わせてベクトル束になる。
(3) $TM$ は $\{(TU_{\lambda}, (\varphi_{\lambda}\times \Id_{\R^{n}})\circ \varPhi_{\lambda})\}_{\lambda\in\Lambda}$ を座標近傍系として $C^{r - 1}$ 級多様体になる。そして、射影 $TM\to M$ は $C^{r - 1}$ 級ベクトル束を与える。
証明

(1) 点 $p\in U_{\lambda\mu}$ における接ベクトル $v\in T_{p}^{r}(M)$ に対し、$v$ を $t = 0$ における速度ベクトルとする $C^{r}$ 級曲線 $c$ を取れば、$\varphi_{\mu}\circ c = f_{\mu\lambda}\circ \varphi_{\lambda}\circ c$ と合成関数の微分法より $J_{\varphi_{\mu}\circ c}(0) = J_{f_{\mu\lambda}}(\varphi_{\lambda}(p))\cdot J_{\varphi_{\lambda}\circ c}(0)$ です。よって、$g_{\mu\lambda}(p) = J_{f_{\mu\lambda}}(\varphi_{\lambda}(p))$ であり、$g_{\mu\lambda} = J_{f_{\mu\lambda}}\circ \varphi_{\lambda}$ です。残りも明らかです。

(2) 変換関数 $g_{\mu\lambda}$ たちがコサイクル条件を満たすことは例1.4.4の通り。ベクトル束が定まることについては予備知識 命題9.1.5予備知識 9.1.2.2節を参照。

(3) 明らかです。

定義2.1.10
(接束とベクトル場)

$C^{r}$ 級多様体 $M$ に対して命題2.1.9で構成されるベクトル束 $TM$ を $M$ の接束 $($tangent bundle$)$ といい、その $C^{r - 1}$ 級切断を $C^{r - 1}$ 級ベクトル場という。$C^{r - 1}$ 級ベクトル場 $X$ の点 $p\in M$ における値を $X_{p}$ や $X(p)$ で表す。$r = \infty$ のとき、$C^{\infty}$ 級切断全体からなる $C^{\infty}(M)$ 加群 $\Gamma^{\infty}(TM)$ を $\mathfrak{X}(M)$ と書く。

補足2.1.11
(ベクトル場の局所表示)

座標近傍系 $(U, \varphi)$ を固定しておけば各 $p\in U$ において接空間 $T_{p}^{r}(M)$ の標準的な基底 $(\partial_{x_{1}})_{p}, \dots, (\partial_{x_{n}})_{p}$ が考えられました。局所的な切断 $\partial_{x_{k}} : U\to TU : p\mapsto (\partial_{x_{k}})_{p}$ により局所枠 $\partial_{x_{1}}, \dots, \partial_{x_{n}}$ が得られ、$C^{r - 1}$ 級ベクトル場 $X$ は $U$ 上で $C^{r - 1}$ 級関数 $\xi_{k} : U\to \R$ たちを用いて\[X = \sum_{k = 1}^{n}\xi_{k}\partial_{x_{k}}\]と表されます。また、命題2.1.9で考えた標準的な局所自明化 $\varPhi : TU\to U\times \R^{n}$ を用いれば、写像としての合成 $\varPhi\circ X|_{U} : U\to U\times \R^{n}$ は\[(\varPhi\circ X|_{U})(p) = (p, \xi_{1}(p), \dots, \xi_{n}(p))\]と表されます。

$C^{r}$ 級多様体 $M, N$ の間の $C^{r}$ 級写像 $f : M\to N$ に対し、以下のようにして接束の間の $C^{r - 1}$ 級束写像 $Tf : TM\to TN$ が構成されます。

命題2.1.12
(接写像)

$M^{m}, N^{n}$ を $C^{r}$ 級多様体、$f : M\to N$ を $C^{r}$ 級写像とする。次が成立する。

(1) 写像 $f^{*} : C^{r}(N)\to C^{r}(M) : g\mapsto f^{*}g = g\circ f$ は線型写像であり、その双対写像\[\varPhi : (C^{r}(M))^{*}\to (C^{r}(N))^{*} : v\mapsto (g\mapsto (v\circ f^{*})(g) = v(g\circ f))\]の $T_{p}M$ への制限は線型写像 $(Tf)_{p} : T_{p}M\to T_{f(p)}N$ を定める。
(2) $p\in M$ の周りの座標近傍 $(U, \varphi = (x_{1}, \dots, x_{m}))$ と $f(p)\in N$ の周りの座標近傍 $(V, \psi = (y_{1}, \dots, y_{n}))$ を $f(U)\subset V$ に取る。写像 $(Tf)_{p}$ は\[(Tf)_{p}\left(\sum_{k = 1}^{m}a_{k}(\partial_{x_{k}})_{p}\right) = \sum_{k = 1}^{m}\sum_{l = 1}^{n}a_{k}\dfrac{\partial y_{l}}{\partial x_{k}}(\varphi(p))(\partial_{y_{l}})_{f(p)}\]と表される。言い換えとして、$v\in T_{p}M$ および $(Tf)_{p}(v)\in T_{f(p)}N$ の標準的な基底に関する成分ベクトルをそれぞれ $A, B$ とすれば、局所表示 $\psi\circ f\circ \varphi^{-1}$ の点 $\varphi(p)$ におけるJacobi行列 $J_{\psi\circ f\circ \varphi^{-1}}(\varphi(p))$ を用いて\[B = J_{\psi\circ f\circ \varphi^{-1}}(\varphi(p))\cdot A\]という関係が成立する。
(3) 写像 $Tf : TM\to TM$ を各ファイバーごと $(Tf)_{p}$ に一致する写像として定める。これは $C^{r - 1}$ 級の束写像である。

このように構成される束写像 $Tf : TM\to TN$ を接写像や微分写像という。$Tf$ は $f_{*}$ や $df$ とも書く。

証明

(1) 接ベクトル $v\in T_{p}^{r}(M)$ に対し、$v$ を $t = 0$ における速度ベクトルとする $C^{r}$ 級曲線 $c$ を取ります。このとき、任意の $g\in C^{r}(N)$ に対して\[\varPhi(v)(g) = v(g\circ f) = \dfrac{d(g\circ f\circ c)}{dt}(0) = v_{f\circ c}(g)\]が成立するので $\varPhi(v) = v_{f\circ c}\in T_{f(p)}N$ です。よって、ファイバーごとに線型写像 $(Tf)_{p} : T_{p}M\to T_{f(p)}N$ が定まります。

(2) 容易に分かります。

(3) (2)の局所表示から明らかです。

接写像の基本的な性質として次があります。

命題2.1.13

$M, N, L$ を $C^{r}$ 級多様体とする。このとき、次が成立する。

(1) $C^{r}$ 級写像 $f : M\to N$, $g : N\to L$ に対して $(g\circ f)_{*} = g_{*}\circ f_{*}$ が成立する。
(2) 恒等写像 $\Id_{M} : M\to M$ の接写像は恒等写像 $\Id_{TM}$ である。
証明

(1) 容易です。

(2) 明らかです。

補足2.1.14
(座標近傍から定まる基底について)

$V$ をEuclid空間の開集合とします。各点 $x\in V$ において接空間 $T_{x}V$ を考えられますが、そこには座標から標準的に得られる基底 $(\partial_{x_{1}})_{x}, \dots, (\partial_{x_{n}})_{x}$ が存在します。

可微分多様体 $M$ とその座標近傍 $(U, \varphi : U\to V)$ が与えられたとき、点 $p\in U$ 上の接空間 $T_{p}M$ には座標近傍を通じて基底 $(\partial_{x_{1}})_{p}, \dots, (\partial_{x_{n}})_{p}$ を取れましたが、上で取った $T_{\varphi(p)}V$ の基底との間には\[(\partial_{x_{k}})_{p} = (\varphi^{-1})_{*}(\partial_{x_{k}})_{\varphi(p)} \ (1\leq k\leq n)\]という関係が成立します。

正則点と微分同相

多様体間の写像について正則点・臨界点を導入します。

定義2.1.15
(正則点・臨界点)

$M, N$ を $C^{r}$ 級多様体とし、$f : M\to N$ を $C^{r}$ 級写像とする。

(1) 点 $p\in M$ に対し、接写像 $(f_{*})_{p} : T_{p}M\to T_{f(p)}N$ が全射であるとき $p$ を $f$ の正則点 $($regular point$)$ という。全射でないとき $p$ を $f$ の臨界点 $($critical point$)$ という。$f$ の正則点全体からなる $M$ の部分集合を正則点集合といい、ここでは $\Reg f$ で表す。$f$ の臨界点全体からなる $M$ の部分集合を臨界点集合といい、ここでは $\Crit f$ で表す。
(2) 臨界点集合 $\Crit f$ の $f$ による像 $f(\Crit f)\subset N$ を臨界値集合といい、その点を臨界値という。$N$ における臨界値集合の補集合 $N\setminus f(\Crit f)$ を正則値集合といい、その点を正則値という。

Euclid空間の開集合間の写像についても正則点・臨界点を導入していましたが $($予備知識 定義4.2.22$)$、定義2.1.15の正則点・臨界点は $($適当に座標近傍を固定して$)$ 局所表示を取ればそちらで言い換えられます。

微分同相写像の特徴付けとして次を挙げておきます。

命題2.1.16

$M, N$ を $C^{r}$ 級多様体とし、$f : M\to N$ を $C^{r}$ 級写像とする。次は同値である。

(1) $f$ は $C^{r}$ 級同相写像である。
(2) $f$ は全単射かつ $M$ の各点は $f$ の正則点である。
(3) 接写像 $f_{*} : TM\to TN$ は束同型である。
証明

(1) ⇒ (3) 明らかです。

(3) ⇒ (2) 明らかです。

(2) ⇒ (1) まず、接空間の次元が多様体の次元に一致することと束同型から $M, N$ の次元は一致します。局所表示を取って逆関数定理 $($予備知識 定理4.2.62$)$ を適用すれば逆写像 $f^{-1}$ が $C^{r}$ 級写像であることが分かり、よって、$f$ は $C^{r}$ 級同相写像です。

定義2.1.17
(ベクトル場の押し出し)

$M, N$ を $C^{r}$ 級多様体、$f : M\to N$ を $C^{r}$ 級同相写像とする。$M$ 上の $C^{r - 1}$ 級ベクトル場 $X$ に対し、$N$ 上の $C^{r - 1}$ 級ベクトル場 $Y$ であって全ての点 $q\in N$ に対して $Y_{q} = f_{*}(X_{f^{-1}(q)})$ を満たすものが一意に存在する。そのような $Y$ を $X$ の $f$ による押し出しといい、$f_{*}X$ により表す。

微分作用素としてのベクトル場

以下では $r = \infty$ とします。ベクトル場 $X\in\mathfrak{X}(M)$ と $C^{\infty}$ 級関数 $h\in C^{\infty}(M)$ に対し、新たな $C^{\infty}$ 級関数 $Xh\in C^{\infty}(M)$ を\[(Xh)(p) := X_{p}(h)\]により定めます。写像\[\mathfrak{X}(M)\times C^{\infty}(M)\to C^{\infty}(M) : (X, h)\mapsto Xh\]は $\mathfrak{X}(M)$ と $C^{\infty}(M)$ のどちらの成分に関しても線型です。特に、ベクトル場 $X$ を線型写像\[X : C^{\infty}(M)\to C^{\infty}(M) : h\mapsto Xh\]と考えることで、ベクトル場全体 $\mathfrak{X}(M)$ を自己準同型環 $\End_{\R}(C^{\infty}(M))$ の部分空間とみなすことができます。また、$C^{\infty}$ 級関数 $f$ を線型写像\[f : C^{\infty}(M)\to C^{\infty}(M) : h\mapsto fh\]と考えることで、$C^{\infty}$ 級関数全体 $C^{\infty}(M)$ も $\End_{\R}(C^{\infty}(M))$ の部分空間とみなすことができます。

次はこの自己同型環の中での $C^{\infty}$ 級関数およびベクトル場の特徴付けを与えます。ただし、以下に現れる $[x, y]$ は環 $R$ の元 $x, y$ に対する交換子積 $xy - yx$ とします。

命題2.1.18

$M$ を可微分多様体とする。$u\in \End_{\R}(C^{\infty}(M))$ に対して次は同値である。

(1) $u\in C^{\infty}(M)$ である。
(2) 任意の $f\in C^{\infty}(M)$ に対して $\End_{\R}(C^{\infty}(M))$ の元として $[u, f] = 0$ が成立する。
(3) 任意の $f, g\in C^{\infty}(M)$ に対して $(uf)(g) = u(f)\cdot g$ が成立する左辺の $f$ は $\End_{\R}(C^{\infty}(M))$ の元と考え、右辺の $f$ は $C^{\infty}$ 級関数と考える。
証明

(1) ⇒ (2) 自明です。

(2) ⇒ (1) 恒等的に $1$ を値に取る関数 $\cst_{1}\in C^{\infty}(M)$ を取ります。任意の $f\in C^{\infty}(M)$ に対して\[u(f) = u(f\cdot \cst_{1}) = uf(\cst_{1}) = fu(\cst_{1}) = u(\cst_{1})\cdot f\]であり、$\End_{\R}(C^{\infty}(M))$ の元として $u(\cst_{1}) = u$ であり、$u\in C^{\infty}(M)$ です。

(2) ⇔ (3) 簡単な言い換えです。((3)の $f, g$ は入れ換えたほうが分かりやすい。)

命題2.1.19

$M$ を可微分多様体とする。$X\in \End_{\R}(C^{\infty}(M))$ に対して次は同値である。

(1) $X\in \mathfrak{X}(M)$ である。
(2) 任意の $f, g\in C^{\infty}(M)$ に対して $X(fg) = X(f)\cdot g + f\cdot X(g)$ が成立する。
証明

(1) ⇒ (2) 各 $p\in M$ に対して\[(X(fg))(p) = X_{p}(fg) = X_{p}(f)\cdot g(p) + f(p)\cdot X_{p}(g) = X(f)(p)\cdot g(p) + f(p)\cdot X(g)(p)\]なのでそうです。

(2) ⇒ (1) 各 $p\in M$ に対して\[(X(fg))(p) = X(f)(p)\cdot g(p) + f(p)\cdot X(g)(p)\]であることから写像\[Y_{p} : C^{\infty}(M)\to \R : f\mapsto X(f)(p)\]は方向微分であり、点 $p$ における接ベクトルです。よって、写像 $Y : M\to TM : p\mapsto Y_{p}$ が定まります。これが $C^{\infty}$ 級であることは、各点の周りの座標近傍 $(U, x_{1}, \dots, x_{n})$ 上で標準的な基底に関する成分表示を行えばよいですもう少し詳しく言うと、局所的に座標関数 $x_{k}$ に一致するような $C^{\infty}$ 級関数 $f_{k}\in C^{\infty}(M)$ を考えれば、座標関数に一致している範囲 $($の内部$)$ において $Y$ の $\partial_{x_{k}}$ 成分は $X(f_{k})\in C^{\infty}(M)$ です。。$\End_{\R}(C^{\infty}(M))$ の元として $Y = X$ であることは明らかであり、$X\in \mathfrak{X}(M)$ です。

また、自己同型環 $\End_{\R}(C^{\infty}(M))$ の元として次が成立します。

命題2.1.20

$M$ を $C^{\infty}$ 級多様体とする。次が成立する。

(1) 任意の $X\in\mathfrak{X}(M)$ と $f\in C^{\infty}(M)$ に対して\[[X, f] = Xf\]が成立する。
(2) 任意の $X, Y\in \mathfrak{X}(M)$ に対して $[Y, X] = -[X, Y]$ が成立する。
(3) 任意の $X, Y\in\mathfrak{X}(M)$ に対して $[X, Y]\in\mathfrak{X}(M)$ が成立する。
(4) 任意の $X, Y\in\mathfrak{X}(M)$ と $f, g\in C^{\infty}(M)$ に対して\[[fX, gY] = fg[X, Y] + f(Xg)Y - g(Yf)X\]が成立する。
証明

(1) 任意の $h\in C^{\infty}(M)$ に対して\[[X, f]h = X(fh) - f(Xh) = (Xf)h + f(Xh) - f(Xh)= (Xf)h\]なのでそうです。

(2) 自明です。

(3) 任意の $f, g\in C^{\infty}(M)$ に対して\begin{eqnarray*}[X, Y](fg) & = & X(Y(fg)) - Y(X(fg)) \\& = & X((Yf)\cdot g + f\cdot (Yg)) - Y((Xf)\cdot g + f\cdot (Xg)) \\& = & (XYf)\cdot g + (Yf)\cdot (Xg) + f\cdot (XYg) + (Xf)\cdot (Yg) \\&& - (YXf)\cdot g - (Xf)\cdot (Yg) - f\cdot (YXg) - (Yf)\cdot (Xg) \\& = & (XYf)\cdot g + f\cdot (XYg) - (YXf)\cdot g - f\cdot (YXg) \\& = & [X, Y](f)\cdot g + f\cdot [X, Y](g)\end{eqnarray*}であり、命題2.1.19より $[X, Y]\in \mathfrak{X}(M)$ です。

(4) 直接計算すると\begin{eqnarray*}[fX, gY] & = & fXgY - gYfX \\& = & f((Xg)Y + gXY) - g((Yf)X + fYX) \\& = & f(Xg)Y - g(Yf)X + fg[X, Y]\end{eqnarray*}です。

別証明

(3) 局所座標を用いて計算より示します。局所的に $X = \sum\xi_{k}\partial_{x_{k}}$, $Y = \sum\eta_{k}\partial_{x_{k}}$ と表されるとします。このとき、任意の $f \in C^{\infty}(M)$ に対して\begin{eqnarray*}XYf & = & X\left(\sum_{l = 1}^{n}\eta_{l}f_{x_{l}}\right) = \sum_{k = 1}^{n}\xi_{k}\left(\sum_{l = 1}^{n}(\eta_{l})_{x_{k}}f_{x_{l}} + \eta_{l}f_{x_{l}x_{k}}\right), \\YXf & = & Y\left(\sum_{k = 1}^{n}\xi_{k}f_{x_{k}}\right) = \sum_{l = 1}^{n}\eta_{l}\left(\sum_{k = 1}^{n}(\xi_{k})_{x_{l}}f_{x_{k}} + \xi_{k}f_{x_{k}x_{l}}\right)\end{eqnarray*}であり\[(XY - YX)f = \sum_{k = 1}^{n}\sum_{l = 1}^{n}(\xi_{l}(\eta_{k})_{x_{l}} - \eta_{l}(\xi_{k})_{x_{l}})f_{x_{k}}\]を得ます。よって、\[XY - YX = \sum_{k = 1}^{n}\sum_{l = 1}^{n}(\xi_{l}(\eta_{k})_{x_{l}} - \eta_{l}(\xi_{k})_{x_{l}})\partial_{x_{k}}\]です。よって、$[X, Y]\in\mathfrak{X}(M)$ となります。

系2.1.21

$M$ を $C^{\infty}$ 級多様体とする。次が成立する。

(1) $A\in \End_{\R}(C^{\infty}(M))$ に対して $A\in C^{\infty}(M)$ であることと全ての $f_{0}\in C^{\infty}(M)$ に対して $[A, f_{0}] = 0$ であることとは同値である。
(2) $A\in \End_{\R}(C^{\infty}(M))$ に対して $A\in C^{\infty}(M) + \mathfrak{X}(M)$ であることと全ての $f_{0}, f_{1}\in C^{\infty}(M)$ に対して $[[A, f_{1}], f_{0}] = 0$ であることとは同値である。
証明

(1) 命題2.1.18で示されています。

(2) $A\in C^{\infty}(M) + \mathfrak{X}(M)$ ならば任意の $f_{0}, f_{1}\in C^{\infty}(M)$ に対して $[[A, f_{1}], f_{0}] = 0$ であることは容易です。逆を示します。仮定と(1)より任意の $f\in C^{\infty}(M)$ に対して $[A, f]\in C^{\infty}(M)$ です。そこで、$X\in \End_{\R}(C^{\infty}(M))$ を $X(f) := [A, f]$ により定めます。これは任意の $f, g, h\in C^{\infty}(M)$ に対して\begin{eqnarray*}X(fg)h & = & [A, fg](h) = A(fgh) - fgA(h) \\& = & (Af)(gh) - fA(gh) + fA(gh) - fgA(h) \\& = & [A, f]gh + f[A, g]h = (X(f)g + fX(g))h\end{eqnarray*}を満たし、つまり、任意の $f, g\in C^{\infty}(M)$ に対して\[X(fg) = X(f)g + fX(g)\]を満たすので命題2.1.19より $X\in \mathfrak{X}(M)$ です。ここで、任意の $f\in C^{\infty}(M)$ に対して\[[A - X, f] = [A, f] - [X, f]= Xf - Xf = 0\]であるので $A - X\in C^{\infty}(M)$ です。よって、$A\in C^{\infty}(M) + \mathfrak{X}(M)$ です。

押し出しについて次が成立します。

命題2.1.22

$M$ を $C^{\infty}$ 級多様体、$f : M\to M$ を自己微分同相とする。次が成立する。

(1) 任意の $X\in\mathfrak{X}(M)$ と $h\in C^{\infty}(M)$ に対して\[(f_{*}X)h = (f^{-1})^{*}(X(f^{*}h))\]が成立する。
(2) 任意の $X, Y\in\mathfrak{X}(M)$ に対して\[f_{*}[X, Y] = [f_{*}X, f_{*}Y]\]が成立する。
証明

(1) 座標近傍 $(U, \varphi)$ を取ります。このとき、$(f^{-1}(U), \varphi\circ f)$ も座標近傍です。$f_{*}X, h$ の $(U, \varphi)$ における表示と $X, f^{*}h$ の $(f^{-1}(U), \varphi\circ f)$ における表示は等しいので、それぞれにおける $(f_{*}X)h$ と $X(f^{*}h)$ の表示は等しくなります。よって、$U$ 上で $(f_{*}X)h = (f^{-1})^{*}(X(f^{*}h))$ です。全体でもそうです。

(2) 上の結果を用いて直接計算します。任意の $C^{\infty}$ 級関数 $h\in C^{\infty}(M)$ に対して\begin{eqnarray*}(f_{*}X)(f_{*}Y)h & = & (f_{*}X)(f^{-1})^{*}(Y(f^{*}h)) \\& = & (f^{-1})^{*}(X(f^{*}(f^{-1})^{*}(Y(f^{*}h)))) = (f^{-1})^{*}(XY(f^{*}h)), \\(f_{*}Y)(f_{*}X)h & = & (f^{-1})^{*}(YX(f^{*}h)) \end{eqnarray*}なので\begin{eqnarray*}[f_{*}X, f_{*}Y]h & = & (f^{-1})^{*}(XY(f^{*}h)) - (f^{-1})^{*}(YX(f^{*}h)) \\& = & (f^{-1})^{*}((XY - YX)(f^{*}h)) = (f^{-1})^{*}([X, Y](f^{*}h)) = f_{*}[X, Y]h\end{eqnarray*}が成立します。

補足2.1.23
(Lie代数)

$\K$ 線型空間 $V$ に対し、交代双線型形式 $[\cdot, \cdot] : V\times V\to V$ であって任意の $x, y, z\in V$ に対して\[[[x, y], z] + [[y, z], x] + [[z, y], x] = 0\]を満たす $($Jacobi恒等式を満たすという$)$ ものをLie括弧 $($Lie bracket$)$ といい、対 $(V, [\cdot, \cdot])$ のことをLie代数 $($Lie algebra$)$ といいます。Lie代数の間の $\K$ 線型写像 $f : V\to W$ であって常に\[f([u, v]) = [f(u), f(v)]\]を満たすものをLie代数の準同型といい、Lie代数の同型も明らかな方法で定義されます。

ベクトル場全体 $\mathfrak{X}(M)$ はその交換子積をLie括弧とするLie代数であり、微分同相 $f : M\to N$ はLie代数の同型 $f_{*} : \mathfrak{X}(M)\to \mathfrak{X}(N)$ を与えます。

2.1.2 積分曲線とフロー
積分曲線

可微分多様体 $M$ と時間パラメータ $t$ に依存して $($滑らかに$)$ 変化する $M$ 上のベクトル場 $\tilde{X} = \{X^{t}\}_{t\in \R}$ が与えられたとします。区間 $I$ 上で定義された $C^{1}$ 級曲線 $c : I\to M$ であって常に微分方程式\[\dfrac{dc}{dt}(t) = X^{t}_{c(t)}\]を満たすものを積分曲線といいます。これはつまり、各時刻における速度ベクトルが時間変化するベクトル場のに沿っているような曲線のことです。

積分曲線について次のことが示されます。

補題2.1.24
(積分曲線は局所的に一意に存在)

$M$ を境界を持たない可微分多様体、$\tilde{X} = \{X^{t}\}_{t\in\R}$ を時間変化する $M$ 上のベクトル場とし、点 $(p, s)\in M\times \R$ が与えられたとする。次が成立する。

(1) $s$ を元に持つ開区間 $I$ 上で定義された $C^{\infty}$ 級曲線 $c : I\to M$ であって微分方程式\[\dfrac{dc}{dt}(t) = X^{t}_{c(t)}, \ c(s) = p\]を満たすものが存在する。
(2) $s$ を元に持つ開区間 $I$ 上で定義された $C^{\infty}$ 級曲線 $c, c' : I\to M$ であって(1)の微分方程式を満たすものに対して $c = c'$ が成立する。
証明

(1) $p$ の周りの座標近傍 $(U, \varphi : U\to V)$ を取ります。$U$ 上で $X^{t}$ が\[X^{t}_{q} = \sum_{k = 1}^{n}\xi_{k}(q, t)(\partial_{x_{k}})_{q}\]という表示を持つとします。常微分方程式の解の存在から、$s$ を元に持つ開区間 $I$ と $C^{\infty}$ 級写像 $\tilde{c} : I\to V$ であって微分方程式\[\dfrac{d\tilde{c}}{dt}(t) = \left[\begin{array}{c}\xi_{1}(\varphi^{-1}(\tilde{c}(t)), t) \\\vdots \\\xi_{n}(\varphi^{-1}(\tilde{c}(t)), t)\end{array}\right],\ \tilde{c}(s) = \varphi(p)\]の解になるものが取れます。これを用いて $c(t) := \varphi^{-1}(\tilde{c}(t))$ と定めればよいです。

(2) $A := \{t\in I\mid c(t) = c'(t)\}\neq I$ として矛盾を導きます。まず、$M$ のHausdorff性より $A$ は $I$ における閉集合です。そこで $s\in J\subset A$ を満たす最大の区間 $J$ が取ればそれは $I$ における閉集合であり、$A\neq I$ より $J$ の端点の一方 $a$ は $J$ に属します。$c(a) = c'(a)$ の周りの座標近傍 $(U, \varphi : U\to V)$ を取ります。$V$ に値を取る $C^{\infty}$ 級曲線 $\tilde{c}(t) := \varphi(c(t))$, $\tilde{c}'(t) := \varphi(c'(t))$ が $a$ を元に持つある開区間上で定まり、これらは(1)で考えた微分方程式の同じ初期条件に対する解なので、常微分方程式の解の一意性より一致します。これは $a\in J$ が $A$ の内点であることを意味し、$J$ の最大性に矛盾します。

フロー

次にベクトル場の定めるフローについて述べます。

定義2.1.25
(フロー)

$M$ を $C^{\infty}$ 級多様体とする。$C^{\infty}$ 級写像 $F : M\times \R\to M$ であって次の条件を満たすものを $1$ パラメータ変換群やフロー $($flow$)$ という。

(i) 任意の $t\in \R$ に対して制限 $F_{t} := F|_{M\times\{t\}} : M\to M$ は $C^{\infty}$ 級同相である。
(ii) $F_{0} = \Id_{M}$ である。
(iii) 任意の $s, t\in \R$ に対して $F_{s}\circ F_{t} = F_{s + t}$ が成立する。

また、単に(i), (ii)を満たすものを時間に依存する時間に依存するという用語は、すぐ後で説明するように、写像 $F$ を生成するベクトル場が時間に見立てた $\R$ 成分に依存するところから来ます。フロー $($time-dependent flow$)$ という。混同の恐れがなければ単にフローともいうことにする。

可微分多様体 $M$ とその上の時間に依存するフロー $F$ が与えられたとき、各点 $p\in M$ に対して $M$ 上の $C^{\infty}$ 級曲線 $c_{p} : \R\to M$ が\[c_{p}(t) := F(p, t)\]により定義できます。そこで、各 $(p, t_{0})\in M\times \R$ に対し、$p$ における接ベクトル $v_{p, t_{0}}\in T_{p}M$ を $c_{F_{t_{0}}^{-1}(p)}$ が $t = t_{0}$ において定める接ベクトルとして定めます。これにより $($滑らかに$)$ 時間変化するベクトル場 $\tilde{X} = \{X^{t}\}_{t\in\R}$ が $X_{p}^{t} = v_{p, t}$ と定めることで得られ、これをフロー $F$ の生成する時間変化するベクトル場といいます。

また、$F$ が $1$ パラメータ変換群のときは $F_{s} = F_{s + t}\circ F_{-t} = F_{s + t}\circ (F_{t})^{-1}$ により $c_{p}(s) = c_{F_{t}^{-1}(p)}(s + t)$ が常に成立するので、任意の $(p, t)\in M\times \R$ で $v_{p, 0} = v_{p, t}$ を満たし、$X^{t}$ は時間に依らないある一つのベクトル場 $X$ になります。

可微分閉多様体においてはこの逆が成立し、時間変化するベクトル場 $\tilde{X}$ から時間に依存するフロー $F$ が、ベクトル場 $X$ からは $1$ パラメータ変換群が一意に生成します。

定理2.1.26
(フローの存在)

$M$ を可微分閉多様体とする。任意の滑らかに時間変化するベクトル場 $\tilde{X} = \{X^{t}\}_{t\in\R}$ に対し、時間に依存するフロー $F$ であって $\tilde{X}$ を生成するものが一意に存在する。もし、ベクトル場 $X^{t}$ が時間によらないベクトル場 $X$ ならば $F$ は $1$ パラメータ変換群である。

証明

常微分方程式の一般論については既知として、ここでは概略だけを述べます。

まず、定理は常微分方程式

(A) $\dfrac{dF}{dt}(q, t) = X_{F(q, t)}^{t} \tag{A}$

が初期条件 $F_{0} = \Id_{M}$ のもとで一意な大域解を持ち、各時刻において $C^{\infty}$ 級同相写像を与えることを主張しています。前半は以下の流れで示されます。

(step 1) 任意に開集合 $U\subset M$ と開区間 $I$ と点 $s\in I$ を取る。$C^{\infty}$ 級写像 $f, g : U\times I\to M$ が常微分方程式(A)の初期条件 $F(q, s) = q$ に関する解であれば $f = g$ が成立する。
(step 2) 各 $(p, s)\in M\times \R$ に対して $p\in M$ の開近傍 $U_{p, s}$ と $s$ を元に持つ開区間 $I_{p, s}$ と $C^{\infty}$ 級写像 $f_{p, s} : U_{p, s}\times I_{p, s}\to M$ であって $f_{p, s}$ が常微分方程式(A)の初期条件 $F(q, s) = q$ に関する解となるものが存在する。
(step 3) 任意の $s\in \R$ に対して $s$ を元に持つ開区間 $I_{s}$ と $C^{\infty}$ 級写像 $f_{s} : M\times I_{s}\to M$ であって常微分方程式(A)の初期条件 $F_{s} = \Id_{M}$ に関する解となるものが存在する。
(step 4) (step 3)の解 $f_{s}$ について、必要であれば $I_{s}$ を小さく取り直すことで全ての $s'\in I_{s}$ に対して制限 $f_{s}|_{M\times \{s'\}} : M\to M$ が $C^{\infty}$ 級同相写像であるようにできる。
(step 5) 定理の条件を満たすフロー $F$ は一意に存在する。

(step 1) 各 $q\in U$ に対して制限 $f|_{\{q\}\times I}$ と $g|_{\{q\}\times I}$ は時間変化するベクトル場 $\tilde{X}$ の同一の初期条件に対する積分曲線であり補題2.1.24より一致します。よって、$f = g$ です。

(step 2) 点 $(p, s)\in M\times \R$ を取ります。$p$ の周りの座標近傍 $(U, \varphi : U\to V)$ を取ります。$U$ 上で $X^{t}$ が\[X^{t}_{q} = \sum_{k = 1}^{n}\xi_{k}(q, t)(\partial_{x_{k}})_{q}\]という表示を持つとします。常微分方程式の解の存在より、$\varphi(p)\in V$ の開近傍 $W$ と $s$ を元に持つ開区間 $I$ と $C^{\infty}$ 級写像 $G : W\times I\to V$ であって微分方程式\[\dfrac{dG}{dt}(x, t) = \left[\begin{array}{c}\xi_{1}(\varphi^{-1}(G(x, t)), t) \\\vdots \\\xi_{n}(\varphi^{-1}(G(x, t)), t)\end{array}\right],\ G(x, s) = x\]の解になるものが取れます。これを用いて $U_{p, s} := \varphi^{-1}(W)$, $I_{p, s} := I$, $f_{p, s}(q, t) := \varphi^{-1}(G(\varphi(q), t))$ と定めればよいです。

(step 3) $M$ のコンパクト性から有限個の $p_{1}, \dots, p_{a}\in M$ を選んで $M$ の有限開被覆 $U_{p_{1}, s}, \dots, U_{p_{a}, s}$ が得られます。(step 1)より任意の $p, q\in M$ に対して $f_{p, s}, f_{q, s}$ は始域の共通部分 $(U_{p, s}\cap U_{q, s})\times (I_{p, s}\cap I_{q, s})$ において一致するため、$I_{s} := \bigcap_{1\leq i\leq a}I_{p_{i}, s}$ とおいて、$C^{\infty}$ 級写像 $f_{s} : M\times I_{s}\to M$ を全ての $1\leq i\leq a$ に対して $f_{s}|_{U_{p_{i}, s}\times I_{s}} = f_{p_{i}, s}|_{U_{p_{i}, s}\times I_{s}}$ を満たすように取れます。これが条件を満たすことは明らかです。

(step 4) 次のことから分かります。

(i) 制限 $f_{s}|_{M\times \{s'\}}$ は単射である。
(ii) 制限 $f_{s}|_{M\times \{s'\}}$ は閉写像である。
(iii) 必要であれば $I_{s}$ を小さく取り直すことで全ての $t\in I_{s}$ に対して制限 $f_{s}|_{M\times \{t\}}$ の始域の各点は正則点になり、よって、開写像になる。
(iv) (iii)で取り直した $I_{s}$ について、任意の $t\in I_{s}$ に対して制限 $f_{s}|_{M\times \{t\}}$ は $C^{r}$ 級同相写像となる。

(i) $f_{s}(p, s') = f_{s}(q, s')$ を満たす任意の $p, q\in M$ に対して制限 $f_{s}|_{\{p\}\times I_{s}}$, $f_{s}|_{\{q\}\times I_{s}}$ はともに時間変化するベクトル場 $\tilde{X}$ に対する積分曲線かつ $t = s'$ において一致しているので $I_{s}$ 全体で一致し、$p = f_{s}(p, s) = f_{s}(q, s) = q$ です。

(ii) コンパクト空間からHausdorff空間への連続写像なのでそうです。

(iii) 微分写像\[((f_{s}|_{M\times \{t\}})_{*})_{q} = ((f_{s})_{*})_{(q, t)}|_{T_{q}M} : T_{q}M\to T_{f_{s}(q, t)}M\]が同型となる $(q, t)\in M\times I_{s}$ 全体は開集合であり、明らかに $M\times \{s\}$ を含みます。$M$ のコンパクト性から必要であれば $I_{s}$ を小さく取り直すことで $M\times I_{s}$ 全体で微分写像 $((f_{s}|_{M\times \{t\}})_{*})_{q}$ は同型にできます。言い換えると、各 $q\in M$, $t\in I_{s}$ に対して $q$ は $f_{s}|_{M\times \{t\}}$ の正則点になり、よって、各 $t\in I_{s}$ に対して $f_{s}|_{M\times \{t\}}$ は開写像です。

(iv) $M$ の連結成分 $M'$ と $t\in I_{s}$ に対して $f_{s}|_{M\times \{t\}}(M')\subset M'$ であることは明らかです。(ii)と(iii)より $f_{s}|_{M\times \{t\}}(M')$ は開かつ閉かつ非空なので $f_{s}|_{M\times \{t\}}(M') = M'$ です。よって、$f_{s}|_{M\times \{t\}}$ は $C^{\infty}$ 級全単射かつ始域の各点は正則点なので、命題2.1.16より $C^{\infty}$ 級同相写像です。

(step 5) 存在を示します。$0$ を元に持つ開区間 $I$ であって次の条件を満たす $C^{\infty}$ 級写像 $f_{I} : M\times I\to M$ が存在するもの全体からなる集合を $\mathcal{I}$ とします。

$f_{I}$ は常微分方程式(A)の初期条件 $F_{0} = \Id_{M}$ に関する解である。
各 $t\in I$ に対して制限 $f_{I}|_{M\times \{t\}}$ は $C^{\infty}$ 級同相写像である。

各 $I\in \mathcal{I}$ に対してそのような解 $f_{I} : M\times I\to M$ を固定するとき、(step 1)より任意の $I, J\in \mathcal{I}$ に対して $f_{I}|_{M\times(I\cap J)} = f_{J}|_{M\times (I\cap J)}$ であり、写像 $\tilde{f} : M\times \tilde{I}\to M$ を全ての $I\in \mathcal{I}$ に対して $f_{I} = \tilde{f}|_{M\times I}$ であるように定めることができます。この $\tilde{f}$ は常微分方程式(A)の初期条件 $F_{0} = \Id_{M}$ に関する解になっており、また、各 $t\in \tilde{I}$ に対して制限 $\tilde{f}|_{M\times \{t\}}$ は $C^{\infty}$ 級同相写像です。よって、$\tilde{I}\in \mathcal{I}$ です。

$\tilde{I}\neq \R$ として矛盾を導きます。$\tilde{I}$ の端点 $s\in \R$ を取ります。(step 4)より常微分方程式(A)の初期条件 $F_{s} = \Id_{M}$ に関する解 $f_{s} : M\times I_{s}\to M$ であって各 $t\in I_{s}$ に対して制限 $f_{s}|_{M\times \{t\}}$ が $C^{\infty}$ 級同相写像になるものを取ります。点 $u\in \tilde{I}\cap I_{s}$ を取り、$g := (f_{s}|_{M\times \{u\}})^{-1}\circ \tilde{f}|_{M\times \{u\}}$ と定め、$C^{\infty}$ 級写像 $\hat{f} : M\times (\tilde{I}\cup I_{s})\to M$ を\[\hat{f}(q, t) := \left\{\begin{array}{ll}\tilde{f}(q, t) & (t\in \tilde{I}) \\f_{s}(g(q), t) & (t\in I_{s})\end{array}\right.\]により定めます。これは常微分方程式(A)の初期条件 $F_{0} = \Id_{M}$ に関する解かつ各 $t\in \tilde{I}\cup I_{s}$ に対して制限 $\hat{f}|_{M\times \{t\}}$ を $C^{\infty}$ 級同相写像にするので $\tilde{I}\cup I_{s}\in \mathcal{I}$ ですが、これは $\tilde{I}$ の最大性に矛盾します。

後半について示します。任意に $t\in\R$ を取り写像\[\tilde{F} : M\times\R\to M : (p, s)\mapsto (F_{s + t}\circ F_{t}^{-1})(p)\]を取ります。各 $\tilde{F}_{t}$ が $C^{\infty}$ 級同相写像であることと $\tilde{F}_{0} = \Id_{M}$ であることは明らかです。また、$\tilde{F}$ は\[\dfrac{d\tilde{F}}{ds}(p, s) = X_{F(F_{t}^{-1}(p), s + t)} = X_{\tilde{F}(p, s)}\]を満たします。よって、$F, \tilde{F}$ はともにベクトル場 $X$ から生成するフローであり、その一意性から $F = \tilde{F}$ です。よって、$F_{s + t} = \tilde{F}_{s}\circ F_{t} = F_{s}\circ F_{t}$ を得ます。

補足2.1.27
(境界を持つ場合のフロー)

(a) 境界を持つ可微分多様体 $M$ のフロー $F : M\times \R\to M$ は各時刻 $t\in \R$ において境界の自己微分同相を与えており、全体として境界 $\partial M$ 上のフロー $F|_{\partial M\times \R} : \partial M\times \R\to \partial M$ を与えます。このことからフローの生成するベクトル場 $X$ は境界点 $p\in \partial M$ において常に\[X_{p}\in T_{p}(\partial M)\subset T_{p}M\]を満たします。ここでは境界を持ちうる多様体上のこの条件を満たすベクトル場のことを境界に適合したベクトル場ここだけの用語。境界を持つ可微分多様体上のベクトル場を考えるとき、境界上である程度整ったものを考えると都合がよく、これはその条件の一種です。他には境界の各点で外側を向くベクトル場を考えることが多く、そちらは境界で外を向くベクトル場などと呼ぶことにします。(こっちは普通に使われる用語。)と呼ぶことにします。当然、時間に依存するフローに対してその生成する時間変化するベクトル場は各時刻において境界に適合するベクトル場になっています。
(b) 定理2.1.26と同様に、コンパクト可微分多様体上の境界に適合した時間変化するベクトル場から時間に依存するフローが一意に得られます境界に適合しているという条件から境界の各点近傍においても常微分方程式の局所解を正の時間取ることができ、このことにだけ注意すればあとは同じです。
補足2.1.28
(局所フロー)

コンパクトとは限らない可微分多様体 $M$ 上に境界に適合した時間変化するベクトル場 $\tilde{X}$ が与えられているとします。この場合にはフローは大域的に存在するとは限りませんが、任意の開集合 $U\subset M$ に対してある連続関数 $f_{+}: U\to (0, +\infty)$, $f_{-} : U\to (-\infty, 0)$ が存在し、開集合\[W := \{(q, t)\in U\times \R\mid f_{-}(q) < t < f_{+}(q)\}\]において常微分方程式 $\tfrac{dF}{dt}(q, t) = X_{F(q, t)}^{t}$ の初期条件 $F(q, 0) = q$ に関する解が存在します。このような形状の開集合上での解をここでは時間変化するベクトル場 $\tilde{X}$ の生成する $U$ 上の局所フローと呼ぶことにします。

次の命題によれば、ベクトル場はその零点以外において局所的な表示を整理することができます。局所的な計算をするときに便利です。

命題2.1.29
(流箱)

$M$ を可微分多様体とし、$X\in \mathfrak{X}(M)$ を境界に適合したベクトル場とする。$X_{p}\neq 0$ なる点 $p\in M$ に対し、その周りの座標近傍 $(U, \varphi = (x_{1}, \dots, x_{n}))$ であって $U$ における $X$ の局所表示が $\partial_{x_{1}}$ であるものが存在する。このような座標近傍 $(U, \varphi)$ を流箱 $($flow box$)$ といい、$U$ はよく開区間 $I$ との直積 $I\times V$ の形に取る。

証明

$p\in \Int M$ の場合を示します。$p\in \partial M$ の場合でも同じです。

$p$ の周りの座標近傍 $(U', \varphi' = (y_{1}, \dots, y_{n}))$ であって、$p$ における $X$ の $\partial_{y_{1}}$ 成分が $0$ でないものを取ります。$p$ の周りで $X$ の生成する局所的なフロー $F : U''\times I\to U'$ を取り、$C^{\infty}$ 級写像\[\psi := F\circ(\varphi'^{-1}\times \Id_{I}) : (\varphi'(U'')\cap (\{y_{1}(p)\}\times \R^{n - 1}))\times I\to U''\times I\to U'\]を取ります。$\psi$ は $(\varphi'(p), 0)$ において正則であり、逆関数定理 $($予備知識 定理4.2.62$)$ を適用することで $\psi$ の適当な制限 $\psi : V'\times I'\to \psi(V'\times I')$ は $C^{\infty}$ 級同相写像です。$\psi^{-1}$ は局所座標系 $x_{2}, \dots, x_{n}, t$ を与え、常に\[(\psi_{*})_{(x, t)}(\partial_{t})_{(x, t)} = X_{\psi(x, t)}\]を満たし、つまり、$X$ のこの局所座標系による局所表示は $\partial_{t}$ です。局所座標系 $\psi^{-1}$ の座標の順番を適当に取り換えることで目的の座標近傍 $(U, \varphi)$ が得られます。

大域的にフローを生成するベクトル場は扱いがいいので名前を与えておきます。

定義2.1.30
(完備なベクトル場)

可微分多様体 $M$ に対してベクトル場 $X\in \mathfrak{X}(M)$ が完備であるとは、$X$ を生成する $1$ パラメータ変換群 $F$ が存在することと定める。

ベクトル場 $X$ の生成する $1$ パラメータ変換群は各点 $p\in M$ に対して $c(0) = p$ を満たす $\R$ 上定義された $($つまり、時間成分に関して大域的な$)$ 積分曲線を与え、逆にベクトル場 $X$ に対して各点でこのような $\R$ 上定義された積分曲線が存在するならば、それらを束ねることで $1$ パラメータ変換群が得られるので $X$ は完備となることに注意します。

例2.1.31
(完備なベクトル場の例)

(a) 定理2.1.26より可微分閉多様体上のベクトル場はすべて完備です。コンパクトな多様体上のベクトル場については完備であることと境界に適合していることとは同値です。
(b) Euclid空間 $\R^{n}$ においてベクトル場 $X = \partial_{x_{1}}$ は $1$ パラメータ変換群\[F : \R^{n}\times \R\to \R^{n} : (x_{1}, \dots, x_{n}, t)\mapsto (x_{1} + t, \dots, x_{n})\]を生成し、完備です。
(c) Euclid空間 $\R^{n}$ においてベクトル場 $X = e^{x_{1}}\partial_{x_{1}}$ は完備ではありません。$t = 0$ において原点を通る曲線 $c = (c_{1},\dots, c_{n})$ を\[c : (-\infty, 1)\to \R^{n} : t\mapsto (-\log(1 - t), 0, \dots, 0)\]により定めるとき、$\dfrac{dc}{dt}(t) = (1/(1 - t), 0, \dots, 0) = (e^{c_{1}(t)}, 0, \dots, 0) = X_{c(p)}$ なので積分曲線となっていますが、これは $t = 1$ 以降へは拡張しません。
補足2.1.32

完備なベクトル場と $1$ パラメータ変換群は互いに一方が他方を生成しますが、この対応は構成から互いに一方が他方の逆対応となっています。よって、両者の間の一対一対応を与えます。

Lie微分

$C^{\infty}$ 級関数とベクトル場に対してLie微分を導入します。これはフローに従って関数などを「流す」ときの変化率を意味します。

定義2.1.33
(Lie微分)

$M$ を可微分多様体、$X\in \mathfrak{X}(M)$ をベクトル場とし、$F_{X}$ を $X$ の生成するフローとする。

(1) $C^{\infty}$ 級関数 $f\in C^{\infty}(M)$ に対して関数 $\mathcal{L}_{X}f$ を各点 $p\in M$ ごと\[(\mathcal{L}_{X}f)(p) := \lim_{t\to 0}\dfrac{((F_{X, t})^{*}f)(p) - f(p)}{t}\]とすることで定める。
(2) ベクトル場 $Y\in \mathfrak{X}(M)$ に対してベクトル場 $\mathcal{L}_{X}Y$ を各点 $p\in M$ ごと\[(\mathcal{L}_{X}Y)_{p} := \lim_{t\to 0}\dfrac{((F_{X, -t})_{*}Y)_{p} - Y_{p}}{t}\]とすることで定める。

これら $\mathcal{L}_{X}f, \mathcal{L}_{X}Y$ をベクトル場 $X$ によるLie微分と呼ぶフロー $F_{X}$ が大域的に定義できていなくとも、$t = 0$ の近傍で定まっていれば意味を持つことには注意します。また、$X$ が境界に適合していない場合、結局Lie微分は局所的に計算できることに注意して、ベクトル場などを境界の外側に少し拡張してからLie微分を取ればよいです。$\Int M$ においては拡張の仕方によらず一意に定まり、よって、その閉包である $M$ においても一意に定まります。

$\mathcal{L}_{X}f, \mathcal{L}_{X}Y$ が $C^{\infty}$ 級であることは明らかでしょう。Lie微分について次が成立します。

命題2.1.34

任意のベクトル場 $X, Y\in \mathfrak{X}(M)$ と $C^{\infty}$ 級関数 $f\in C^{\infty}(M)$ に対して次が成立する。

(1) $\mathcal{L}_{X}f = Xf$.
(2) $[\mathcal{L}_{X}, \mathcal{L}_{Y}]f = \mathcal{L}_{[X, Y]}f$.
証明

(1) 定義より明らかです。

(2) 容易です。

命題2.1.35

任意のベクトル場 $X, Y, Z\in \mathfrak{X}(M)$ に対して次が成立する。

(1) $\mathcal{L}_{X}Y = [X, Y]$.
(2) $[\mathcal{L}_{X}, \mathcal{L}_{Y}]Z = \mathcal{L}_{[X, Y]}Z$.
証明

(1) 任意に $C^{\infty}$ 級関数 $f\in C^{\infty}(M)$ を取ります。まず、$X_{p}\neq 0$ である点 $p\in M$ においては $X$ についての流箱を取って局所表示を行い計算することで\[(\mathcal{L}_{X}Y)f = \left(\lim_{t\to 0}\dfrac{(F_{X, -t})_{*}Y - Y}{t}\right)f = \lim_{t\to 0}\left(\dfrac{(F_{X, -t})_{*}Y - Y}{t}f\right) \]が分かります。両辺の連続性から $X_{p}\neq 0$ である点全体の閉包においても同じ等式が成立し、その他の点では明らかに両辺 $0$ なので、結果として全体でこの等式は成立します。続いて、命題2.1.22などを用いて\begin{eqnarray*}\lim_{t\to 0}\left(\dfrac{(F_{X, -t})_{*}Y - Y}{t}f\right) & = & \lim_{t\to 0}\dfrac{((F_{X, -t})_{*}Y)f - Yf}{t} \\& = & \lim_{t\to 0}\dfrac{((F_{X, -t})^{-1})^{*}(Y(F_{X, -t})^{*}f) - Yf}{t} \\& = & \lim_{t\to 0}\dfrac{(F_{X, t})^{*}(Y(F_{X, -t})^{*}f) - (F_{X, t})^{*}(Yf) + (F_{X, t})^{*}(Yf) - Yf}{t} \\& = & \lim_{t\to 0}\dfrac{(F_{X, t})^{*}(Y((F_{X, -t})^{*}f - f))}{t} + XYf \\\end{eqnarray*}と式変形できます。最後の第 $1$ 項について再び流箱を取って局所的な計算をすることで\[\lim_{t\to 0}\dfrac{(F_{X, t})^{*}(Y((F_{X, -t})^{*}f - f))}{t} = -YXf\]であることが分かり、$(\mathcal{L}_{X}Y)f = -YXf + XYf = [X, Y]f$ です。

(2) 任意のベクトル場 $Z\in\mathfrak{X}(M)$ に対して\begin{eqnarray*}[\mathcal{L}_{X}, \mathcal{L}_{Y}]Z & = & \mathcal{L}_{X}[Y, Z] - \mathcal{L}_{Y}[X, Z] \\& = & [X, [Y, Z]] - [Y, [X, Z]] \\& = & -[[Y, Z], X] - [[Z, X], Y] \\& = & [[X, Y], Z] = \mathcal{L}_{[X, Y]}Z \end{eqnarray*}です。

命題2.1.36

完備なベクトル場 $X, Y\in\mathfrak{X}(M)$ を取り、その生成するフローを $F_{X}, F_{Y}$ とする。このとき、任意の $s, t\in \R$ に対して $F_{X, s}$ と $F_{Y, t}$ が可換であることと $[X, Y] = 0$ であることとは同値である。

証明

$\mathcal{L}_{X}Y = [X, Y] = 0$ のとき $F_{X, s}$ と $F_{Y, t}$ が可換であることを示します。このとき、任意の $s\in\R$ に対して $(F_{X, s})_{*}Y = Y$ が成立するので、$F_{Y}(F_{X}(p, s), t)$, $F_{X}(F_{Y}(p, t), s)$ に対して $p$ と $s$ を固定して得られる $C^{\infty}$ 級曲線はともに $F_{X}(p, s)$ を始点とする $Y$ の積分曲線です。積分曲線の一意性より\[F_{Y}(F_{X}(p, s), t) = F_{X}(F_{Y}(p, t), s)\]であり、各パラメータは任意なので確かめられました。

逆は逆にたどればよいです。

以上です。

メモ

常微分方程式の一般論についてはそのうちまとめる予定ではあります。

参考文献

[1] 松本幸夫 多様体の基礎 東京大学出版会 (1988)
[2] 田村一郎 微分位相幾何学Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ 岩波書店 (1977-1978)
[3] Liviu I. Nicolaescu, Lectures on the Geometry of Manifolds, WSP (2018)

更新履歴

2022/11/02
cyclic conditionからコサイクル条件 $($cocycle condition$)$ へ用語を修正。
2024/03/02
逆関数定理などの解析的な補題の参照先を変更。
2025/01/02
全体的に内容を整理。