可微分多様体上の滑らかなファイバー束・ベクトル束を導入します。ただし、一般の位相空間上のファイバー束・ベクトル束については既知として $($予備知識 第9章参照$)$、そちらと同じことを繰り返すだけになる部分は簡単に流します。
まずは滑らかなファイバー束を定義します。
$F, E, M$ を可微分多様体、$\pi : E\to M$ を $C^{\infty}$ 級の全射とする。
滑らかなファイバー束の間の束写像、束同型写像も $C^{\infty}$ 級写像を用いて考える以外は位相版と同じです。
続いて滑らかなベクトル束を定義します。
$\K = \R, \C$ とし、いずれについても数ベクトル空間 $\K^{n}$ には通常の可微分構造を考えるとする。
$n$ 階の滑らかな $\K$ ベクトル束 $\pi :E\to M$ について、$M$ の開被覆を与えるような滑らかな局所自明化の族 $\{(U_{\lambda}, \varphi_{\lambda})\}_{\lambda\in\Lambda}$ が与えられると変換関数の族 $\{g_{\mu\lambda} : U_{\lambda\mu} := U_{\lambda}\cap U_{\mu}\to GL(n, \K)\}_{\lambda, \mu\in \Lambda}$ が得られますが、$GL(n, \K)$ を $\K^{n^{2}}$ の開集合とみなすとして、各 $g_{\mu\lambda}$ は $C^{\infty}$ 級写像になります。逆に、コサイクル条件を満たす $C^{\infty}$ 級の変換関数の族が与えられるとそこから滑らかな $\K$ ベクトル束が得られます。
滑らかなファイバー束・ベクトル束 $\pi : E\to M$ に対する切断とは $C^{\infty}$ 級写像 $M\to E$ であって $\pi\circ s = \Id_{M}$ を満たすもののことです。連続の意味での切断との区別の意味で滑らかな切断と呼ぶことも多いです。これら滑らかな切断全体からなる集合をここでは $\Gamma^{\infty}(E)$ により表すことにします。自明束 $\underline{F}_{M}$ について滑らかな切断全体 $\Gamma^{\infty}(\underline{F}_{M})$ と滑らかな写像全体 $C^{\infty}(M, F)$ が自然に同一視できることには注意します。
滑らかな $\K$ ベクトル束 $\pi : E\to M$ について、その切断全体 $\Gamma_{\K}^{\infty}(E)$ は演算\[+ : \Gamma_{\K}^{\infty}(M)\times \Gamma_{\K}^{\infty}(M)\to \Gamma_{\K}^{\infty}(M) : (s, t)\mapsto (x\mapsto s(x) + t(x)),\]\[\cdot : C^{\infty}(M, \K)\times \Gamma_{\K}^{\infty}(M)\to \Gamma_{\K}^{\infty}(M) : (f, s)\mapsto (x\mapsto f(x)\cdot s(x))\]によって $C^{\infty}(M, \K)$ 加群の構造を持ちます。特に、$\K$ 線型空間になります。
また、正則ベクトル束 $E$ の切断は正則写像であれば正則切断と呼ばれます。ここでは正則切断全体のなす集合を $\Gamma_{\hol}(E)$ で表すことにします。これは明らかな方法で複素線型空間になります。
実射影空間 $($例1.1.9$)$ を構成したときの射影 $\pi : \R^{n + 1}\setminus \{0\}\to \RP^{n}$ は $\R^{\times}$ をファイバーとする滑らかなファイバー束です。実際、$U_{k} := \{[x_{1} : \dots : x_{n + 1}]\in \RP^{n}\mid x_{k} = 1\}$ 上の滑らかな局所自明化 $\varphi_{k} : \pi^{-1}(U_{k})\to U_{k}\times \R^{\times}$ として\[\varphi_{k}(x_{1}, \dots, x_{n}) := (\pi(x_{1}, \dots, x_{n + 1}), x_{k})\]が取れます。また、制限 $\pi|_{S^{n}} : S^{n}\to \RP^{n}$ も滑らかなファイバー束であり、実際、滑らかな局所自明化 $\pi_{k} : (\pi|_{S^{n}})^{-1}(U_{k})\to U_{k}\times \{-1, +1\}$ として\[\psi_{k}(x_{1}, \dots, x_{n + 1}) := (\pi(x_{1}, \dots, x_{n + 1}), x_{k}/|x_{k}|)\]が取れます。
複素射影空間 $($例1.1.10$)$ についても同様に、射影 $\pi : \C^{n + 1}\setminus \{0\}\to \CP^{n}$ は $\C^{\times}$ をファイバーとする滑らかなベクトル束であり、制限 $\pi|_{S^{2n + 1}} : S^{2n + 1}\to \CP^{n}$ もそうです。
事実として、Hopf fibration $($予備知識 補足9.1.12$)$ は滑らかなベクトル束になります。
$n$ 次元可微分多様体 $(M, \{(U_{\lambda}, \varphi_{\lambda})\}_{\lambda\in\Lambda})$ が与えられたとします。各 $\lambda, \mu\in \Lambda$ に対して座標変換として $\R^{n}$ の開集合の間の $C^{\infty}$ 級同相写像\[f_{\mu\lambda} := \varphi_{\mu}\circ \varphi_{\lambda}^{-1} : \varphi_{\lambda}(U_{\lambda\mu})\to \varphi_{\mu}(U_{\lambda\mu})\]が定まり、さらにそのJacobi行列 $J_{f_{\mu\lambda}} : \varphi_{\lambda}(U_{\lambda\mu})\to GL(n; \R)$ が得られます。ここで各 $\lambda, \mu\in \Lambda$ に対して変換関数 $g_{\mu\lambda} : U_{\lambda\mu}\to GL(n; \R)$ を $g_{\mu\lambda} := J_{f_{\mu\lambda}}\circ\varphi_{\lambda}$ より定めます。これらは常に\begin{eqnarray*}g_{\nu\mu}\cdot g_{\mu\lambda} & = & (J_{f_{\nu\mu}}\circ\varphi_{\mu})\cdot (J_{f_{\mu\lambda}}\circ\varphi_{\lambda}) \\& = & (J_{f_{\nu\mu}}\circ f_{\mu\lambda}\circ\varphi_{\lambda})\cdot (J_{f_{\mu\lambda}}\circ\varphi_{\lambda}) \\& = & ((J_{f_{\nu\mu}}\circ f_{\mu\lambda})\cdot J_{f_{\mu\lambda}})\circ\varphi_{\lambda} = g_{\nu\lambda}\end{eqnarray*}を満たし、つまり、族 $\{g_{\mu\lambda}\}_{\lambda, \mu\in\Lambda}$ はコサイクル条件を満たします。これから構成される滑らかなベクトル束を接束 $($tangent bundle$)$ といい $TM$ で表します。複素多様体に対しては座標変換の正則性からJacobi行列 $J_{f_{\mu\lambda}}$ が複素正則行列を値に取ると思うことができ、接束 $TM$ は正則ベクトル束になります。
$1$ つ注意として、ここでの接束の構成は形式的なもので、接束といったら通常は各ファイバーを方向微分の空間として意味付けしたものを指します。
以下では滑らかな実ベクトル束を中心に考えるので、それらを単にベクトル束と呼ぶことにします。複素ベクトル束についても同様のことが成立します。
まず、ベクトル束 $\pi_{k} : E_{k}\to M \ (k = 1, 2)$ が与えられたとして、その直和 $E_{1}\oplus E_{2}$、テンソル積 $E_{1}\otimes E_{2}$ は位相版と全く同様に構成できます。切断について次が成立します。
ベクトル束 $\pi_{k} : E_{k}\to M \ (k = 1, 2)$ が与えられたとする。次が成立する。
(1) 明らかです。
(2) $C^{\infty}(M)$ 加群の準同型であることは明らか。事実として可微分多様体上のベクトル束は適当なベクトル束との直和により自明束になる可微分多様体上のベクトル束 $E\to M$ はそれ自体が可微分多様体であり、適当な次元のEuclid空間へのはめ込み $f : E\to \R^{m}$ を持ちます $($定理3.3.4$)$。制限 $f|_{M}$ によるの引き戻し $(f|_{M})^{*}T\R^{m}$ を考えると、これは自明束であり、その各ファイバーは $\R^{m}$ にはめ込まれた $E$ のファイバー成分とその法成分に分けられます。もちろん $E$ のファイバー成分を集めたものは $E$ 自身に束同型なので、$E$ と法成分の直和で自明束になります。ので予備知識 命題9.2.12と同様に $C^{\infty}(M)$ 加群としての同型も従います。
双対束 $E^{*}$ や $\Hom$ 束 $\Hom(E, F) := E^{*}\otimes F$ なども位相版と全く同様に構成できます。次の束同型が成立します。
可微分多様体 $M$ 上のベクトル束 $E, E_{k}$ が与えられているとする。次の自然な束同型が存在する。
可微分多様体 $M$ 上のベクトル束 $E$ から $F$ への束準同型全体からなる $C^{\infty}(M)$ 加群を $\HOM(E, F)$ で表すとして、次が成立します。
可微分多様体 $M$ 上のベクトル束 $E, F$ が与えられているとする。次の $C^{\infty}(M)$ 加群は互いに自然に同型である。
予備知識 命題9.2.16と予備知識 命題9.2.17と同じです。
可微分多様体 $M$ 上のベクトル束 $E_{1}, \dots, E_{n}, F$ が与えられたとする。$C^{\infty}(M)$ 加群の自然な同型\[\Gamma^{\infty}\left(\Hom\left(\bigotimes_{k = 1}^{n}E_{k}, F\right)\right)\cong \Hom_{C^{\infty}(M)}\left(\bigotimes_{k = 1}^{n}\Gamma^{\infty}(E_{k}), \Gamma^{\infty}(F)\right)\]が存在する。
予備知識 系9.2.18と同じです。
対称積 $\mathcal{S}^{k}E$ や外積 $\mathcal{A}^{k}E$ については次が成立します。ただし、$R$ を可換環、$U, V$ を $R$ 加群として、$U$ 上の $V$ 値 $k$ 次 $($多重線型$)$ 形式全体、対象形式全体、交代形式全体からなる $R$ 加群をそれぞれ $L_{R}^{k}(U, V)$, $S_{R}^{k}(U, V)$, $A_{R}^{k}(U, V)$ で表すとします。
可微分多様体 $M$ 上のベクトル束 $E, F$ が与えられているとする。このとき、次の $C^{\infty}(M)$ 加群の同型が成立する。
予備知識 系9.2.20と同じです。
滑らかなファイバー束 $\pi : E\to M$ と可微分多様体 $N$ からの $C^{\infty}$ 級写像 $f : N\to M$ が与えられたとします。位相空間\[f^{*}E := \{(y, u)\in N\times E\mid f(y) = \pi(u)\}\]は位相多様体であり、包含写像 $f^{*}E\to E\times N$ を $C^{\infty}$ 級埋め込み $($定義3.2.1$)$ とするような可微分構造が一意に定まり、第 $1$ 成分への射影\[f^{*}\pi : f^{*}E\to N : (y, u)\mapsto y\]と合わせて滑らかなファイバー束になります。滑らかなベクトル束でも同じです。
滑らかなベクトル束について、滑らかなhomotopyによる引き戻しの不変性が成立します。証明の流れは位相版と同様です。
$M$ を可微分多様体、$\pi : E\to M\times I$ を滑らかなベクトル束とする。$\pi : E\to M\times I$ に対して区間端点への制限 $\pi_{0} : E|_{M\times\{0\}}\to M$, $\pi_{1} : E|_{M\times\{1\}}\to M$ は束同型である。
位相版 $($予備知識 命題9.2.43$)$ の証明と同じです。ただし、(step 1)の局所自明化 $\varphi$ を滑らかに取るためには少し修正が必要で、具体的には、$c\in J_{x, t_{i}}\cap J_{x, t_{j}}$ を取るところまでは同じで、さらに $C^{\infty}$ 級写像 $h : J_{x, t_{j}}\to J_{x, t_{i}}\cap J_{x, t_{j}}$ であって $(a_{j}, c]$ において恒等的なものを取り、局所自明化 $\varphi$ を\[\varphi : E|_{V}\to V\times F : (y, t, v)\mapsto\left\{\begin{array}{ll}\varphi_{x, t_{i}}(y, t, v) & (t\in (a_{i}, c)) \\(\varphi_{x, t_{i}}\circ \varphi_{x, t_{j}}^{-1})(y, h(t), (\pr_{3}\circ \varphi_{x, t_{j}})(y, t, v)) & (t\in (a_{j}, b_{j}))\end{array}\right.\]と定めればよいです。
$\pi : E\to M$ を滑らかなベクトル束とし、$N$ を可微分多様体とする。$C^{\infty}$ 級写像 $f : N\to M$ に対して引き戻し $f^{*}E$ の同型類は $f$ の $($連続な$)$homotopy類のみで決定される。
Grassmann多様体 $G_{n, k}(\K)$ や分類空間、分類写像については予備知識 9.4節を参照。
可微分多様体 $M$ から無限次元Grassmann多様体 $G_{n}(\K) := \underset{k}{\varinjlim}G_{n, k}(\K)$ への連続写像 $f : M\to G_{n}(\K)$ が与えられたとき、その相対コンパクト開集合への制限はある $G_{n, k}(\K) \ (\subset G_{n}(\K))$ に値を取ります $($予備知識 命題2.7.38$)$。そこで、そのような制限 $f|_{U} : U\to G_{n, k}(\K)$ が常に $C^{\infty}$ 級であることによって $f$ 自身が $C^{\infty}$ 級であることを定義します。
分類写像の構成を追えば、滑らかなベクトル束 $\pi : E\to M$ に対する分類写像 $f : M\to G_{n}(\K)$ を $C^{\infty}$ 級に取れることは容易に確かめられます。よって、互いに位相的に束同型な $2$ つの滑らかなベクトル束は、それらの滑らかな分類写像どうしをつなぐ連続なhomotopyをWhitneyの近似定理 $($定理1.3.9$)$ を用いて滑らかなもので取り換えて直接は使えないですが、方針としては、$M$ をコンパクト集合の増大列 $\{K_{i}\}_{i\in \N}$ であって常に $K_{i}\subset \Int K_{i + 1}$ を満たすもので被覆して、順に $(K_{i + 1}\setminus \Int K_{i})\times I$ の開近傍で滑らかにする近似を繰り返していけばよいです。から引き戻すことで、実は滑らかに束同型になっていることが従います。
また、可微分多様体上の位相的なベクトル束は、再びWhitneyの近似定理からその分類写像を $C^{\infty}$ 級写像につなぐhomotopyを取って引き戻すことで、滑らかなベクトル束と位相的に束同型であることが従います。
よって、可微分多様体上の滑らかなベクトル束の $($滑らかな束同型による$)$ 分類は位相的なベクトル束の $($位相的な束同型による$)$ 分類と同等であることが分かります。
以上です。
特になし。
参考文献
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