位相空間 $X$ と圏 $\mathcal{C}$ に対し、$\mathcal{C}$ に値を持つ $X$ 上の局所系とは $X$ 上の基本亜群 $\Pi(X)$ から $\mathcal{C}$ への共変関手のことでした $($詳しくは3.1.2節$)$。ここではこの局所系についてもう少し詳しく整備し、その重要な例として位相多様体上の向きの局所系について紹介します。ただし、$R$ を可換環とし、$R$ 加群の局所系のみを議論の対象にします。また、各点に対応する $R$ 加群の同型類が点の取り方に依存しないことを常に仮定します。
局所系の準同型や局所系から新たな局所系を構成する手続きについて重要なものを紹介します。
位相空間 $X$ 上の $R$ 加群の局所系の準同型や同型を次で定めます。
位相空間 $X$ 上の $R$ 加群の局所系 $\mathcal{M}, \mathcal{N}$ に対し、その間の自然変換、つまり、準同型の族 $F = \{Fx : \mathcal{M}x\to \mathcal{N}x\}_{x\in X}$ であって任意の点 $x, x'\in X$ と道のhomotopy類 $\gamma\in \Pi(X; x, x')$ に対して図式
を可換とするものを $X$ 上の $R$ 加群の局所系の準同型や単に準同型と呼び、$F : \mathcal{M}\to \mathcal{N}$ のように表す。自然同値変換を同型写像や単に同型と呼ぶ。$R$ 加群の局所系 $\mathcal{M}, \mathcal{N}$ の間に同型写像が存在するとき、$\mathcal{M}$ と $\mathcal{N}$ は同型[服部 位相幾何学]では同値と呼んでいます。であるという。
より一般に、位相空間 $X, Y$ 上の $R$ 加群の局所系 $\mathcal{M}, \mathcal{N}$ の間に準同型が定義されます。
$X, Y$ を位相空間、$\mathcal{M}, \mathcal{N}$ をそれぞれの上の $R$ 加群の局所系とする。連続写像 $f : X\to Y$ に対し、準同型の族 $F = \{Fx : \mathcal{M}x\to \mathcal{N}f(x)\}_{x\in X}$ の族であって任意の点 $x, x'\in X$ と道のhomotopy類 $\gamma\in \Pi(X; x, x')$ に対して図式
を可換とするものを $f$ 上の $R$ 加群の局所系の準同型と呼び、$F : \mathcal{M}\to \mathcal{N}$ のように表す。
この意味での準同型の合成や同型も明らかな方法で定義できます。また、定義4.1.1の意味の準同型は定義4.1.2における恒等写像上の準同型に他なりません。
局所系に関する重要な事実として、固定した弧状連結空間上の局所系の同型類が表現の同値類と一対一対応することが挙げらます。補題を用意します。
$X$ を空でない弧状連結空間、$\mathcal{M}, \mathcal{N}$ を $X$ 上の $R$ 加群の局所系とする。次は同値である。
(1) ⇒ (2) 同型写像 $F : \mathcal{M}\to \mathcal{N}$ を取ります。任意に点 $x_{0}\in X$ を固定します。任意の $\alpha\in \pi_{1}(X, x_{0})$ に対して\[\rho_{\mathcal{N}, x_{0}}(\alpha) = \mathcal{N}\alpha = Fx_{0}\circ \mathcal{M}\alpha\circ (Fx_{0})^{-1} = Fx_{0}\circ \rho_{\mathcal{M}, x_{0}}(\alpha)\circ (Fx_{0})^{-1}\]であり、monodromy表現 $\rho_{\mathcal{M}, x_{0}}$ と $\rho_{\mathcal{N}, x_{0}}$ は同値です。
(2) ⇒ (1) 表現の同値を与える同型写像 $\varphi : \mathcal{M}x_{0}\to \mathcal{N}x_{0}$ を固定し、各 $x\in X$ に対して道のhomotopy類 $\delta_{x} : \Pi(X; x_{0}, x)$ を固定します。同型 $Fx : \mathcal{M}x\to \mathcal{N}x$ を\[Fx := \mathcal{N}\delta_{x}\circ \varphi\circ \mathcal{M}\overline{\delta_{x}}\]として定め、これが局所系の間の同型を与えることを示します。道のhomotopy類 $\gamma\in \Pi(X; x, x')$ を取ります。$\alpha = \overline{\delta_{x'}}\cdot \gamma\cdot \delta_{x}\in \pi_{1}(X, x_{0})$ とおけば、図式
は可換であり、$Fx'\circ \mathcal{M}\gamma = \mathcal{N}\gamma\circ Fx$ です。これは $F := \{Fx\}_{x\in X}$ が局所系の準同型を定めることを意味し、同型であることは明らかです。
$X$ を弧状連結空間とする。任意の点 $x_{0}\in X$、$R$ 加群 $M$ と表現 $\rho : \pi_{1}(X, x_{0})\to \Aut(M)$ に対し、$x_{0}$ におけるmonodromy表現が $\rho$ に同値であるような $X$ 上の $R$ 加群の局所系 $\mathcal{M}$ が存在する。
各 $x\in X$ に対して $\mathcal{M}x := M$ とし、これを区別のために $M_{x}$ と表すことにします。また、道のhomotopy類 $\delta_{x}\in \Pi(X; x_{0}, x)$ を固定します。道のhomotopy類 $\gamma\in \Pi(X; x, x')$ に対して準同型 $\mathcal{M}\gamma : M_{x}\to M_{x'}$ を\[\mathcal{M}\gamma := \rho(\overline{\delta_{x'}}\cdot \gamma\cdot \delta_{x}) : M_{x} = M\to M = M_{x'}\]により与えることで局所系 $\mathcal{M}$ を定めます。この局所系の $x_{0}$ におけるmonodromy表現は任意の $\alpha\in \pi_{1}(X, x_{0})$ に対して\[\rho_{\mathcal{M},x_{0}}(\alpha) = \mathcal{M}\alpha = \rho(\overline{\delta_{x_{0}}}\cdot \alpha\cdot \delta_{x_{0}}) = \rho(\delta_{x_{0}})^{-1}\circ \rho(\alpha)\circ \rho(\delta_{x_{0}})\]であることから与えられた表現 $\rho$ に同値です。
これらから直ちに次の分類定理が得られます。
$X$ を空でない弧状連結空間とする。次は互いに一対一対応する。
弧状連結かつ局所弧状連結かつ普遍被覆空間を持つ位相空間 $X$ において、$R$ 加群をファイバーに持つ被覆空間は $R$ 加群上の表現の同型類により分類されました $($定理3.4.43$)$。よって、その場合には上記の分類と合わせることで、$R$ 加群の局所系と $R$ 加群をファイバーに持つ被覆空間との一対一対応が得られます。これにより局所系と被覆空間は同一視されます。
$X, Y$ を位相空間、$\mathcal{N}$ を $Y$ 上の $R$ 加群の局所系とし、連続写像 $f : X\to Y$ が与えられているとします。局所系 $\mathcal{N}$ の $f$ による引き戻し $f^{*}\mathcal{N}$ を各点 $x\in X$ に対して $\mathcal{N}f(x)$ を、各道のhomotopy類 $\gamma\in \Pi(X; x, x')$ に対して $\mathcal{N}(f_{*}\gamma) : \mathcal{N}f(x)\to \mathcal{N}f(x')$ を対応させる関手として定めます。言い換えると、引き戻し $f^{*}\mathcal{N}$ は $f$ の誘導する基本亜群の間の関手 $f_{*} : \Pi(X)\to \Pi(Y)$ と関手 $\mathcal{N} : \Pi(Y)\to \Modwc{R}$ の合成 $\mathcal{N}\circ f_{*}$ のことです。よって、明らかに次が成立します。
$X, Y, Z$ を位相空間、$\mathcal{L}$ を $Z$ 上の $R$ 加群の局所系とし、連続写像 $f : X\to Y$, $g : Y\to Z$ が与えられているとする。このとき、局所系 $\mathcal{L}$ の引き戻しについて同型\[(g\circ f)^{*}\mathcal{L}\cong f^{*}(g^{*}\mathcal{L})\]が成立する
引き戻し $f^{*}\mathcal{N}$ の点 $x_{0}\in X$ におけるmonodromy表現が\[\rho_{f^{*}\mathcal{N}, x_{0}} = \rho_{\mathcal{N}, f(x_{0})}\circ f_{*} : \pi_{1}(X, x_{0})\xrightarrow{f_{*}} \pi_{1}(Y, f(x_{0}))\xrightarrow{\rho_{\mathcal{N}, f(x_{0})}} \Aut(\mathcal{N}f(x_{0}))\]と書けることも明らかでしょう。また、引き戻し $f^{*}\mathcal{N}$ から $f$ 上の局所系の準同型 $f_{*} : f^{*}\mathcal{N}\to \mathcal{N}$ が明らかな方法で定まります。
そして、互いにhomotopicな連続写像 $f_{0}, f_{1} : X\to Y$ が基本亜群の間に誘導する関手 $(f_{0})_{*}, (f_{1})_{*} : \Pi(X)\to \Pi(Y)$ が自然同値であること $($命題3.1.9$)$ から引き戻しの同型類のhomotopy不変性が直ちに従います。
$X, Y$ を位相空間、$\mathcal{N}$ を $Y$ 上の $R$ 加群の局所系とする。互いにhomotopicな連続写像 $f_{0}, f_{1} : X\to Y$ の引き戻しについて同型 $f_{0}^{*}\mathcal{N}\cong f_{1}^{*}\mathcal{N}$ が成立する。
関手 $(f_{0})_{*}, (f_{1})_{*} : \Pi(X)\to \Pi(Y)$ の間の自然同値変換を関手 $\mathcal{N}$ により押し出したものが関手 $f_{0}^{*}\mathcal{N}, f_{1}^{*}\mathcal{N} : \Pi(X)\to \Modwc{R}$ の間の自然同値変換です。
次も容易に確認できます。
$X, Y$ を位相空間、$\mathcal{M}, \mathcal{N}$ をそれぞれの上の $R$ 加群の局所系とする。連続写像 $f : X\to Y$ 上の準同型 $F : \mathcal{M}\to \mathcal{N}$ であって各点ごとに準同型 $Fx : \mathcal{M}x\to \mathcal{N}f(x)$ が同型であるものが存在するとき、$X$ 上の局所系の同型 $\mathcal{M}\cong f^{*}\mathcal{N}$ が成立する。
位相空間 $X$ 上の局所系 $\mathcal{M}$ の部分空間 $A\subset X$ への制限 $\mathcal{M}|_{A}$ を包含写像 $i : A\to X$ による引き戻し $i^{*}\mathcal{M}$ として定めておきます。
$R$ 加群の局所系どうしの直和やテンソル積を各点ごとの直和やテンソル積として与えることができます。弧状連結空間 $X$ 上の $R$ 加群の局所計 $\mathcal{M}, \mathcal{N}$ に対し、その直和 $\mathcal{M}\oplus \mathcal{N}$ とテンソル積 $\mathcal{M}\otimes \mathcal{N}$ は各 $x\in X$ に対して $R$ 加群 $\mathcal{M}x\oplus \mathcal{N}x$ および $\mathcal{M}x\otimes \mathcal{N}x$ を、各 $\gamma\in \Pi(X; x, x')$ に対して準同型\[\mathcal{M}\gamma\oplus \mathcal{N}\gamma : \mathcal{M}x\oplus \mathcal{N}x\to \mathcal{M}x'\oplus \mathcal{N}x'\]および\[\mathcal{M}\gamma\otimes \mathcal{N}\gamma : \mathcal{M}x\otimes \mathcal{N}x\to \mathcal{M}x'\otimes \mathcal{N}x'\]を対応させる関手として定めます。言い換えると、関手の合成\[\Pi(X)\xrightarrow{(\mathcal{M}, \mathcal{N})} \Modwc{R}\times \Modwc{R}\xrightarrow{\oplus, \otimes}\Modwc{R}\]のことです。
そして、直和やテンソル積は引き戻しと可換です。
$X, Y$ を弧状連結空間、$\mathcal{N}, \mathcal{L}$ を $Y$ 上の $R$ 加群の局所系、$f : X\to Y$ を連続写像とする。このとき、同型\[f^{*}(\mathcal{N}\oplus \mathcal{L})\cong f^{*}\mathcal{N}\oplus f^{*}\mathcal{L},\]\[f^{*}(\mathcal{N}\otimes \mathcal{L})\cong f^{*}\mathcal{N}\otimes f^{*}\mathcal{L}\]が成立する。
関手の合成\[\Pi(X)\xrightarrow{f_{*}}\Pi(Y) \xrightarrow{(\mathcal{N}, \mathcal{L})} \Modwc{R}\times \Modwc{R}\xrightarrow{\oplus, \otimes}\Modwc{R}\]に関する結合性から直ちに従います。
その他、$R$ 加群の直積やテンソル積について成立していたことはそのまま $R$ 加群の局所系でも成立します。
$X$ を弧状連結空間、$\mathcal{M}, \mathcal{N}, \mathcal{L}$ を $X$ 上の $R$ 加群の局所系とする。次の自然な同型が成立する。
ここでは直和とテンソル積のみについて考えましたが、もちろん、$\Hom$ 関手など別の関手を用いることでもまた $R$ 加群の局所系が得られます。$\Hom$ 関手については、位相空間 $X$ 上の $R$ 加群の局所系 $\mathcal{M}$ と $R$ 加群 $N$ に対し、各 $x\in X$ に対して $R$ 加群 $\Hom(\mathcal{M}x, N)$ を、各 $\gamma\in \Pi(X; x, x')$ に対して準同型\[\Hom(\mathcal{M}x, N)\to \Hom(\mathcal{M}x', N) : \varphi\mapsto \varphi\circ \mathcal{M}\overline{\gamma}\]を対応させる関手として $R$ 加群の局所系 $\Hom(\mathcal{M}, N)$ が定まります。
局所系の重要な例として、位相多様体上の向きの局所系を位相多様体の向き付け可能性とともに導入したいと思います。以下ではhomology群の係数は全て整数環 $\Z$ で考えることにして省略します。
Euclid空間 $\R^{n}$ の開集合の間の $C^{1}$ 級同相写像 $f : U\to V$ が点 $x\in U$ において向きを保か反転するかは $x$ における微分写像 $(f_{*})_{x} : T_{x}U\to T_{f(x)}V$ から定まる自己同型\[\xi_{x} : \R^{n}\cong T_{x}\R^{n}\cong T_{x}U\xrightarrow{(f_{*})_{x}} T_{f(x)}V\cong T_{f(x)}\R^{n}\cong \R^{n}\]が向きを保つか反転するかで与えることができました。この自己同型の構成には
が用いられており、この向きに関する議論を微分可能性を課さない同相写像にまでただちに拡張することはできませんが、これらの代わりとして
を用いることで可能となります。
問題となるのは後ろ $2$ つの準備ですが、ここでは $\R^{n}$ の局所有限homology群 $H_{n}^{\lf}(\R^{n})$ そのものではなく、簡易的にそれと自然に同型な加群を構成することにします局所有限homology群 $H_{\bullet}^{\lf}$ のきちんとした構成とその性質については4.2.3.1節でまとめます。。Euclid空間 $\R^{n}$ のコンパクト集合全体からなる族を $\mathcal{K}$ で表すとします。$\mathcal{K}$ は包含関係による順序により有向集合になります。コンパクト集合 $L\subset K$ に対して誘導準同型\[\iota_{LK} : H_{n}(\R^{n}, \R^{n}\setminus K)\to H_{n}(\R^{n}, \R^{n}\setminus L)\]が考えられ、これらから加群の射影系 $(H_{n}(\R^{n}, \R^{n}\setminus K), \iota_{LK})_{\mathcal{K}}$ が構成されます。この射影系の射影極限 $\underset{K}{\varprojlim}H_{n}(\R^{n}, \R^{n}\setminus K)$ が目的の加群であり加群の射影系とその射影極限については1.4.2節。具体的には、直積 $\prod_{K\in\mathcal{K}}H_{n}(\R^{n}, \R^{n}\setminus K)$ の元 $(a_{K})_{K\in \mathcal{K}}$ であって任意の $L\subset K\in \mathcal{K}$ に対して $\iota_{LK}(a_{K}) = a_{L}$ を満たすもの全体からなる部分加群です。、ここでは記号だけ借りて $H_{n}^{\lf}(\R^{n})$ で表すことにします。次が成立します。
(1) 原点を中心とする閉球体全体による $\mathcal{K}$ の部分族 $\mathcal{D}$ は共終予備知識 定義1.3.34参照。な部分有向集合です。よって、同型\[\underset{K\in \mathcal{K}}{\varprojlim}H_{n}(\R^{n}, \R^{n}\setminus K)\cong \underset{D\in \mathcal{D}}{\varprojlim}H_{n}(\R^{n}, \R^{n}\setminus D)\]が従います $($集合レベルでは予備知識 補題1.3.42$)$。連結準同型\[\partial_{*} : H_{n}(\R^{n}, \R^{n}\setminus D)\to \tilde{H}_{n - 1}(\R^{n}\setminus D)\]が自然な同型であることから同型\[\underset{D\in \mathcal{D}}{\varprojlim}H_{n}(\R^{n}, \R^{n}\setminus D)\cong \underset{D\in \mathcal{D}}{\varprojlim}\tilde{H}_{n - 1}(\R^{n}\setminus D)\]が誘導されます。任意の $D\subset D'\in \mathcal{D}$ に対して包含写像 $\R^{n}\setminus D'\to \R^{n}\setminus D$ による誘導準同型が同型であることから右辺は $\Z$ に同型です。これらの合成により主張の同型が従います。
(2) 容易です。
Euclid空間 $\R^{n}$ の開集合の間の同相写像 $f : U\to V$ が与えられたとします。これは各点 $x\in U$ に対して局所homology群の間の同型\[f_{*} : H_{n}(U, U\setminus \{x\})\to H_{n}(V, V\setminus \{f(x)\})\]を誘導しますが、さらに、切除同型を経由して加群 $H_{n}^{\lf}(\R^{n})$ の自己同型\begin{align*}\eta_{x} : H_{n}^{\lf}(\R^{n}) & \cong H_{n}(\R^{n}, \R^{n}\setminus \{x\})\cong H_{n}(U, U\setminus \{x\}) \\& \xrightarrow{f_{*}} H_{n}(V, V\setminus \{f(x)\})\cong H_{n}(\R^{n}, \R^{n}\setminus \{f(x)\})\cong H_{n}^{\lf}(\R^{n})\end{align*}を誘導します。加群 $H_{n}^{\lf}(\R^{n})$ の自己同型は $\pm 1$ 倍する準同型のちょうど $2$ つ存在し、$+1$ 倍の方を向きを保つ自己同型、$-1$ 倍の方を向きを反転する自己同型と考えるわけですが、この自己同型 $\eta_{x} : H_{n}^{\lf}(\R^{n})\to H_{n}^{\lf}(\R^{n})$ が向きを保つか反転するかによって $f$ が $x$ において向きを保つかどうかを定義します。
基本的なこととして、同相写像が各点において向きを保つかどうかが同じ連結成分の中では変わらないことを確認します。
$U, V$ をEuclid空間 $\R^{n}$ の開集合、$f : U\to V$ を同相写像とする。$f$ が $U$ の各点において向きを保つかどうかは $U$ の連結成分ごと一定である。
向きを保つかどうかが各点のある近傍上で一定であることを示せば十分です。点 $x\in U$ とその点を中心とする閉球体 $D\subset U$ を取ります。任意の点 $x'\in D$ に対して次の図式は可換であり、$D$ 上の各点について $f$ が向きを保つかどうかは一定です。
また、$C^{1}$ 級同相写像の場合の一般化になっていることも確かめておきます。
$U, V$ をEuclid空間 $\R^{n}$ の開集合、$f : U\to V$ を $C^{1}$ 級同相写像とする。各点 $x\in U$ に対して次は同値である。
$S^{n - 1}$ を $n - 1$ 次元単位球面とします。以下の手順で確かめられます。
(i) $f\circ i$ を $j$ につなぐhomotopy $H : S^{n - 1}\times I\to \R^{n}\setminus \{x\}$ が $H(h, t) := (1 - t)(f\circ i)(h) + tj(h)$ とすることで得られます。実際、各 $h\in S^{n - 1}$ に対して\begin{eqnarray*}(f\circ i)(h) & = & f(x) + \int_{0}^{\varepsilon}\xi_{x + th}(h)dt, \\j(h) & = & f(x) + \int_{0}^{\varepsilon}\xi_{x}(h)dt\end{eqnarray*}であることから\begin{eqnarray*}\|(f\circ i)(h) - j(h)\| & = & \left\|\int_{0}^{\varepsilon}(\xi_{x + th} - \xi_{x})(h)dt\right\| \\& \leq & \int_{0}^{\varepsilon}\|(\xi_{x + th} - \xi_{x})(h)\|dt \\& \leq & \int_{0}^{\varepsilon}\|\xi_{x + th} - \xi_{x}\|dt \\& < & \varepsilon\cdot \inf_{h\in S^{n - 1}}\|\xi_{x}(h)\|\leq \varepsilon\cdot \|\xi_{x}(h)\| = \|j(h) - f(x)\|\end{eqnarray*}と評価でき、点 $(f\circ i)(h), j(h)$ を結ぶ線分上に点 $f(x)$ は属さないことが分かるので、homotopy $H$ は $\R^{n}\setminus \{f(x)\}$ に値を取ります。
(ii) $i$ を $k$ につなぐhomotopy $H : S^{n - 1}\times I\to \R^{n}\setminus \{x\}$ が $H(h, t) := (1 - t)i(h) + tk(h)$ とすることで得られます。
(iii) 任意の $n$ 次正則行列はその行列式の正負 $($自己線形同型として向きを保つか反転するか$)$ に応じ、$GL(n; \R)$ において単位行列 $E_{n}$ もしくは $(1, 1)$ 成分のみ $-1$ とした行列 $-E_{1}\oplus E_{n - 1}$ に連続曲線でつなぐことが可能です。$\varepsilon\cdot \xi_{x}$ に対するそのような連続曲線 $c : I\to GL(n; \R)$ に従ってhomotopy $H : S^{n - 1}\times I\to \R^{n}\setminus \{f(x)\}$ を $H(h, t) := f(x) + c(t)(h)$ と定めることで $j$ が連続写像\[S^{n - 1}\to \R^{n}\setminus \{f(x)\} : (h_{1}, h_{2}, \dots, h_{n})\mapsto f(x) + (\pm h_{1}, h_{2}, \dots, h_{n})\]にhomotopicであることが従います。ここの符号に応じて(ii)と同様にして $k$ もしくは $k\circ l$ につなぐhomotopyが得られます。
(iv) $n = 0$ の場合については容易に確かめられ、一般には懸垂同型の自然性より帰納的に確かめられます。
(v) 正実数 $s$ を $\max\{\|x\|, \|f(x)\|\} < s < r$ に固定し、原点を中心とする半径 $s$ の閉球体を単に $D$ と書くとします。$k, k\circ l$ は $\R^{n}\setminus D$ への連続写像として定まります。(i)から(iii)により可換図式
が得られます。ただし、記号の振っていない矢印は包含写像による誘導準同型です。また、全ての矢印が同型であることに注意します。この可換図式と(iv)から直ちに主張が従います。
以下、$\Rp^{n}$ でEuclid空間における上半空間 $\R^{n - 1}\times [0, +\infty)$ を、$\partial \Rp^{n}$ で上半空間の境界 $\R^{n - 1}\times \{0\}$ を、$\Int \Rp^{n}$ で内部 $\Rp^{n}\setminus \partial \Rp^{n}$ を表し、また、上半空間 $\Rp^{n}$ の開集合 $U$ に対して $\partial U$ でその境界 $U\cap \partial \Rp^{n}$ を、$\Int U$ でその内部 $U\cap \Int \Rp^{n}$ を表すとします。そして、$D_{r}^{q}(x)$ で点 $x\in \R^{q}$ を中心とする半径 $r$ の $q$ 次元閉球体を表し、原点を中心とするものは単に $D_{r}^{q}$ と書くことにします。
上半空間 $\Rp^{n}$ の各点における局所homology群について同型\[H_{n}(\Rp^{n}, \Rp^{n}\setminus \{x\})\cong \left\{\begin{array}{ll}\Z & (x\in \Int \Rp^{n}) \\0 & (x\in \partial \Rp^{n})\end{array}\right.\]が成立していたので、上半空間 $\Rp^{n}$ の開集合の間の同相写像 $f : U\to V$ は内部および境界を保ち、従って、内部の同相 $\Int f : \Int U\to \Int V$ と境界の同相 $\partial f : \partial U\to \partial V$ に分解します。そこで、加群 $H_{n}^{\lf}(\Int \Rp^{n}), H_{n - 1}^{\lf}(\partial \Rp^{n})$ を $H_{n}^{\lf}(\R^{n})$ と全く同様に構成し、内部の点 $x\in \Int U$ については同型\[H_{n}^{\lf}(\Int \Rp^{n})\cong H_{n}(\Int U, \Int U\setminus \{x\})\xrightarrow{(\Int f)_{*}} H_{n}(\Int V, \Int V\setminus \{f(x)\})\cong H_{n}^{\lf}(\Int \Rp^{n})\]が、境界の点 $x\in \partial U$ については同型\[H_{n - 1}^{\lf}(\partial \Rp^{n})\cong H_{n - 1}(\partial U, \partial U\setminus \{x\})\xrightarrow{(\partial f)_{*}} H_{n - 1}(\partial V, \partial V\setminus \{f(x)\})\cong H_{n - 1}^{\lf}(\partial \Rp^{n})\]が $\pm 1$ 倍のいずれかによって $f$ が向きを保つか反転するかを定めます。
ここで、内部と境界で個別に考えた向きがきちんと整合すること $($このあとの命題4.1.17$)$ を確認するため、適切な同型\[\partial_{*}^{\lf} : H_{n}^{\lf}(\Int \Rp^{n})\to H_{n - 1}^{\lf}(\partial \Rp^{n})\]を構成します。正整数 $k\in \Np$ に対して上半空間 $\Rp^{n}$ の部分空間 $A_{k}, B_{k}, C_{k}$ を\[A_{n} = D_{k}^{n - 1}\times [0, k],\]\[B_{k} = D_{k}^{n - 1}\times [\tfrac{1}{k}, k],\]\[\ C_{k} = \R^{n - 1}\times [0, \tfrac{1}{k})\]により定めます。三対 $(\Rp^{n}, \Rp^{n}\setminus B_{k}, \Rp^{n}\setminus A_{k})$ のhomology完全系列における連結準同型\[\partial_{*} : H_{n}(\Rp^{n}, \Rp^{n}\setminus B_{k})\to H_{n - 1}(\Rp^{n}\setminus B_{k}, \Rp^{n}\setminus A_{k})\]は $H_{\bullet}(\Rp^{n}, \Rp^{n}\setminus A_{k})$ が自明であることから同型です。そして、切除同型\[H_{n - 1}(\Rp^{n}\setminus B_{k}, \Rp^{n}\setminus A_{k})\cong H_{n - 1}(C_{k}, C_{k}\setminus A_{k})\]および包含写像の誘導する同型\[H_{n}(\Int \Rp^{n}, \Int \Rp^{n}\setminus B_{k})\cong H_{n}(\Rp^{n}, \Rp^{n}\setminus B_{k}),\]\[H_{n - 1}(\partial \Rp^{n}, \partial \Rp^{n}\setminus A_{k})\cong H_{n - 1}(C_{k}, C_{k}\setminus A_{k})\]を合成することで同型\[H_{n}(\Int \Rp^{n}, \Int \Rp^{n}\setminus B_{k})\to H_{n - 1}(\partial \Rp^{n}, \partial \Rp^{n}\setminus A_{k})\]が定まります。この射影極限を取ることで同型\[\partial_{*}^{\lf} : H_{n}^{\lf}(\Int \Rp^{n})\to H_{n - 1}^{\lf}(\partial \Rp^{n})\]が得られます。
$U, V$ を上半空間 $\Rp^{n}$ の開集合、$f : U\to V$ を同相写像とする。$f$ が $U$ の各点において向きを保つかどうかは $U$ の連結成分ごと一定である。
向きを保つかどうかが各点のある近傍上で一定であることを示せば十分です。内部の点に対しては命題4.1.15から従うので境界の点 $x\in \partial U$ に対して示します。正実数 $r, t > 0$ を $K = D_{r}^{n - 1}(x)\times [0, t]$ が $U$ に含まれるように十分小さく取り、この $K$ 上で向きを保つかどうかが一定であることを示します。命題4.1.15より $K\cap \Int \Rp^{n}$ と $K\cap \partial \Rp^{n}$ のそれぞれでは一定なので、あとは任意に点 $x'\in K\cap \Int \Rp^{n}$ を固定し、$x, x'$ において $f$ が向きを保つかどうかが一致することを示せばよいです。そして、そのためには次の図式が可換であることを示せばよいです。
正実数 $s > 0$ を点 $x'\in \Rp^{n}$ の第 $n$ 成分に取り、$L = D_{r}^{n - 1}(x)\times [s, t]$ と定め、正整数 $k, l\in \Np$ を条件
を満たすように十分大きく取ります。以下の $3$ つの図式を考えます。ただし、$\partial_{*}$ はいずれも三対のhomology完全系列における境界準同型、$H_{\bullet}^{\lf}$ から伸びる矢印は射影極限からの射影、その他の記号のない矢印は全て包含写像による誘導準同型です。これらの矢印は全て同型であり、小さい四角形は全て可換であることが確かめられます。そして、示したかった図式の左側の四角に
を対応させ、中の四角に
を対応させ、右側の四角に
対応させることで示したかった可換性が得られます。(ひとつの図式にしたかったけど、横に幅を取るのでやむなく分割。)
Euclid空間 $\R^{n}$ およびその上半空間 $\Rp^{n}$ の開集合の間の同相写像に対しては各点における局所homology群と加群 $H_{n}^{\lf}(\R^{n})$ などとの標準的な同型を用いて向きを保つか反転するかを定義できましたが、一般の $n$ 次元位相多様体 $X, Y$ の間の局所的な同相写像 $f : U\to V$ に対してはそのような標準的な同一視はただちには得られません。そこで、簡単のために境界は持たないとして、あらかじめ各点の局所homology群 $H_{n}(X, X\setminus \{x\})$ および $H_{n}(Y, Y\setminus \{y\})$ の生成元のうち一方 $o_{X, x}, o_{Y, y}$ を固定しておくことで同型\[H_{n}(X, X\setminus \{x\})\to \Z : k\cdot o_{X, x}\mapsto k,\]\[H_{n}(Y, Y\setminus \{y\})\to \Z : k\cdot o_{Y, y}\mapsto k\]を固定し、これらを用いて定まる加群 $\Z$ の自己同型\begin{align*}\Z\cong H_{n}(X, X\setminus \{x\}) & \cong H_{n}(U, U\setminus \{x\}) \\& \xrightarrow{f_{*}} H_{n}(V, V\setminus \{f(x)\})\cong H_{n}(Y, Y\setminus \{f(x)\})\cong \Z\end{align*}を見て向きを保つか反転するかを決めます。言い換えると、同相写像 $f : U\to V$ が点 $x\in U$ において定める誘導準同型\[f_{*} : H_{n}(X, X\setminus \{x\})\to H_{n}(Y, Y\setminus \{f(x)\})\]が固定した生成元 $o_{X, x}$ を固定した生成元 $o_{Y, f(x)}$ に移すとき $f$ は $x$ において向きを保つといい、その $-1$ 倍 $-o_{Y, f(x)}$ に移すとき向きを反転するなどといいます。境界を持つ場合も境界点においては境界 $\partial X, \partial Y$ における局所homology群を考えれば同じです。
$X$ を $n$ 次元位相多様体とする。内部の点 $x\in \Int X$ に対し、その点における局所homology群 $H_{n}(X, X\setminus \{x\})$ の生成元を点 $x$ における向きという。境界の点 $x\in \partial X$ に対しては境界 $\partial X$ における局所homology群 $H_{n - 1}(\partial X, \partial X\setminus \{x\})$ の生成元を点 $x$ における向きという。ちょうど $2$ つ存在する$n = 0$ の場合もそうであることに注意。向きうち一方 $o_{x}$ を固定して考えるとき、その $o_{x}$ を単に $x$ における向きと呼ぶが、区別のために固定した $o_{x}$ を正の向き、もう一方の $-o_{x}$ を負の向きともいう。
位相多様体 $X$ の各点における向きについて重要なのは、座標近傍によるEuclid空間 $\R^{n}$ もしくはその上半空間 $\Rp^{n}$ の開集合との同一視のもとで局所的には連続に向きを選べることです。以下ではこの連続性を正当化するように、$X$ の各点における局所homology群たちの直和集合に対して適切に位相を与えて $X$ 上の $\Z$ 束 $($向きの局所系$)$ を構成します。
$X$ の座標近傍系 $\{(U_{\lambda}, \varphi_{\lambda} : U_{\lambda}\to V_{\lambda})\}_{\lambda\in\Lambda}$ を取ります。まず、$\R^{n}$ をモデルとする座標近傍 $(U_{\lambda}, \varphi_{\lambda} : U_{\lambda}\to V_{\lambda})$ に対し、各点 $x\in U_{\lambda}$ における同型\[\psi_{\lambda, x} : H_{n}(X, X\setminus x)\xrightarrow{f_{*}} H_{n}(V_{\lambda}, V_{\lambda}\setminus \{\varphi(x)\})\cong H_{n}^{\lf}(\R^{n})\]を束ねることで $U_{\lambda}$ 上の各点の局所homology群を整序する全単射\[\psi_{\lambda} : \bigsqcup_{x\in U_{\lambda}}H_{n}(X, X\setminus \{x\})\to U_{\lambda}\times H_{n}^{\lf}(\R^{n})\]が得られます。そして、$\Rp^{n}$ をモデルとする座標近傍の場合にも上で構成した同型\[\partial_{*}^{\lf} : H_{n}^{\lf}(\Int \Rp^{n})\to H_{n - 1}^{\lf}(\partial \R^{n})\]および同型\begin{eqnarray*}H_{n}^{\lf}(\R^{n}) = \underset{K\subset \R^{n} \text{: cpt.}}\varprojlim H_{n}(\R^{n}, \R^{n}\setminus K) & \to & \underset{K\subset \Int \Rp^{n} \text{: cpt.}}\varprojlim H_{n}(\R^{n}, \R^{n}\setminus K) \\& \cong & \underset{K\subset \Int \Rp^{n} \text{: cpt.}}\varprojlim H_{n}(\Int \Rp^{n}, \Int \Rp^{n}\setminus K) = H_{n}^{\lf}(\Int \Rp^{n})\end{eqnarray*}を用いることで同じく全単射\[\psi_{\lambda} : \bigsqcup_{x\in \Int U_{\lambda}}H_{n}(X, X\setminus \{x\})\sqcup \bigsqcup_{x\in \partial U_{\lambda}}H_{n - 1}(\partial X, \partial X\setminus \{x\})\to U_{\lambda}\times H_{n}^{\lf}(\R^{n})\]が得られます。$2$ つの座標近傍の共通部分 $U_{\lambda\mu} := U_{\lambda}\cap U_{\mu}$ 上で定まる変換関数\[g_{\mu\lambda} : U_{\lambda\mu}\to \Aut(H_{n}^{\lf}(\R^{n})) : x\mapsto \psi_{\mu, x}\circ \psi_{\lambda, x}^{-1}\]は局所定値であり $($命題4.1.15と命題4.1.17$)$、コサイクル条件も明らかに満たされているため、ファイバーには離散位相を考えるとして、$\psi_{\lambda}$ たちを局所自明化とするような $X$ 上の $\Z$ 束が定まります。もちろん、最初の座標近傍系の取り方には依存しません。
位相多様体 $X$ に対し、上記の $\Z$ 束 $($およびそれに対応する局所系$)$ を向きの局所系と呼ぶ。ここでは $\mathcal{O}_{X}$ により表す。
各点における向きを被覆空間としての向きの局所系に対して大域的に連続に選べる $($切断を与えるように取れる$)$ かどうかで位相多様体の向き付け可能性を定めます。
$X$ を位相多様体とする。向きの局所系 $\mathcal{O}_{X}$ の切断であって各点ごとその点における向きを与えるものが存在するとき、$X$ は向き付け可能であるという。そのような切断を $X$ の向きという。$X$ の向きのうち一方を固定するとき、$X$ は向き付けられているという。
容易に分かるように、位相多様体 $X$ が向き付け可能であることとその向きの局所系 $\mathcal{O}_{X}$ が単純であることとは同値であり、もし向き付け可能ならばその向きは連結成分ごとにちょうど $2$ つずつ存在し、全体では連結成分の数に応じた $2$ の冪だけ存在します。また、向きを固定したとき、連結成分ごとに正の向きと負の向きという言葉が意味を持ちます。向き付けられた位相多様体 $X$ に対し、その向きを逆で取り換えたものはよく $\overline{X}$ や $-X$ により表します。
Euclid空間 $\R^{n}$ の場合、加群 $H_{n}^{\lf}(\R^{n})$ の生成元 $[\R^{n}]$ を指定し、射影 $H_{n}^{\lf}(\R^{n})\to H_{n}(\R^{n}, \R^{n}\setminus \{x\})$ による $[\R^{n}]$ の像として各点 $x\in \R^{n}$ における向き $o_{x}$ を取ることで切断、つまり、位相多様体としての $\R^{n}$ の向きが定まります。この生成元 $[\R^{n}]$ は $\R^{n}$ の基本類と呼ばれます。
また、この基本類 $[\R^{n}]$ は標準的に指定することが可能です。標準 $n$ 単体 $\Delta^{n}$ から $\R^{n}$ へのaffine写像 $\iota^{n} : \Delta^{n}\to \R^{n}$ を頂点 $e_{0}$ を原点に、$1\leq k\leq n$ に対する頂点 $e_{k}$ を点 $(0, \dots, 0, \overset{k}{\check{1}}, 0, \dots, 0)$ に移すよう取り、この $\iota^{n}$ の像の内点 $x$ を任意に固定するとき、homology類 $[\iota^{n}]\in H_{n}(\R^{n}, \R^{n}\setminus \{x\}; \Z)$ は生成元です。よって、同型 $H_{n}(\R^{n}, \R^{n}\setminus \{x\}; \Z)\cong H_{n}^{\lf}(\R^{n})$ により $[\iota^{n}]$ が $\R^{n}$ の基本類を定めます。以降、Euclid空間についてはこの標準的な基本類および向きが与えられていると考えます。
向き付けられた位相多様体の開集合の間の同相写像に対し、それが各点において向きを保つことで同相写像自身が向きを保つということを定義します。Euclid空間 $\R^{n}$ やその上半空間 $\Rp^{n}$ を基本類 $[\R^{n}]$ から誘導される向き上半空間 $\Rp^{n}$ については上で考えた同型 $H_{n}^{\lf}(\R^{n})\cong H_{n}^{\lf}(\Int \Rp^{n})\cong H_{n - 1}^{\lf}(\partial \Rp^{n})$ を経由します。により向き付けられた位相多様体と思えば、向き付けられた位相多様体に対して向きを保つ座標近傍というのが意味を持ちます。次とその系として得られる向き付け可能性の特徴付けは直感的という意味で重要でしょう。
$n\geq 2$ とする細かいことですが、座標近傍のモデルとして上半空間 $\Rp^{n}$ のみを考えているので $n = 1$ では上手くいきません。例えば、単位区間 $I$ に向きを与えて向き付けられた位相多様体と考えたとき、いずれかの端点の近傍において向きを保つ座標近傍が取れないことが確かめられます。例えば、座標近傍のモデルとして下半空間 $\Rm^{n} = \{(x_{1}, \dots, x_{n})\in \R^{n}\mid x_{n}\leq 0\}$ や逆の向きを与えた上半空間 $\Rp^{n}$ を許容すれば $n = 1$ でも成立します。そもそも境界が無ければこの次元に対する仮定は不要です。。向き付けられた $n$ 次元位相多様体 $X$ に対し、向きを保つ座標近傍のみからなる座標近傍系が存在する。
$n\geq 2$ とする。$n$ 次元位相多様体 $X$ に対して次は同値である。
(1) ⇒ (2) $X$ の向きを固定し、その向きに対して向きを保つ座標近傍のみからなる座標近傍系を取ればよいです。
(2) ⇒ (1) そのような座標近傍系については向きの局所系の構成における変換関数が全て自明であり、得られる向きの局所系は自明束です。よって、$X$ は向き付け可能です。
向き付け可能性に関連して、向きの二重被覆を導入してその基本性質を調べます。
位相多様体 $X$ に対し、向きの局所系を各点における向きの直和集合に制限して得られる二重被覆空間を向きの二重被覆という。
補題として、位相多様体の間の局所同相写像連続写像 $f : X\to Y$ が局所同相写像であるとは、各 $x\in X$ に対してその開近傍 $U$ であって像 $f(U)$ が $Y$ の開集合かつ制限 $f|_{U} : U\to f(U)$ が同相写像となるものが存在することをいいます。位相多様体であれば境界を境界に移し、制限 $\partial f : \partial X\to \partial Y$ がまた局所同相写像になることに注意します。が向きの局所系の間に次の関係を与えることだけ見ておきます。
$X, Y$ を位相多様体、$f : X\to Y$ を局所同相写像とする。それぞれの向きの局所系 $\mathcal{O}_{X}, \mathcal{O}_{Y}$ に対して同型 $\mathcal{O}_{X}\cong f^{*}\mathcal{O}_{Y}$ が成立する。
簡単のため $X$ は境界を持たないとします。局所同相写像 $f$ の制限 $f|_{U} : U\to V$ であって $X, Y$ の開集合の間の同相写像となるものに対して同相写像\[(f|_{U})_{*} : \bigsqcup_{x\in U}H_{n}(X, X\setminus \{x\})\to \bigsqcup_{y\in V}H_{n}(Y, Y\setminus \{y\})\]が誘導されるので、全体として束写像 $f_{*} : \mathcal{O}_{X}\to \mathcal{O}_{Y}$ が誘導されます。これは底空間成分を $f$ とし、ファイバーごとには同型を与えているので主張の同型 $\mathcal{O}_{X}\cong f^{*}\mathcal{O}_{Y}$ が従います $($命題4.1.9$)$。
まず重要なのが、向きの二重被覆はそれ自体が位相多様体として向き付け可能であることです。
位相多様体 $X$ に対し、その向きの二重被覆 $\hat{X}$ は向き付け可能である証明から明らかなように、その向きを標準的に定めることも可能です。。
点 $\hat{x}\in \hat{X}$ における向きを射影 $\pi : \hat{X}\to X$ の誘導する同型\[\pi_{*} : H_{n}(\hat{X}, \hat{X}\setminus \{\hat{x}\})\to H_{n}(X, X\setminus \{x\})\]による同一視のもとで $\hat{x}$ 自身に取ります。これがこれが大域的に連続な向きの選択になっています。
その他、以下が成立します。
$X$ を向き付け不可能な連結位相多様体とする。次が成立する。
(1) 向きの二重被覆 $\hat{X}$ に対する向きの局所系 $\mathcal{O}_{\hat{X}}$ は $X$ の向きの局所系の射影による引き戻し $\pi^{*}\mathcal{O}_{X}$ に同型であり $($補題4.1.26$)$、その基点 $\hat{x}_{0}$ におけるmonodromy表現は合成 $\rho_{\mathcal{O}_{X},x_{0}}\circ \pi_{*}$ です。$\hat{X}$ の向き付け可能性から $\rho_{\mathcal{O}_{X},x_{0}}\circ \pi_{*}$ は自明であり、$\Img \pi_{*}\leq \Ker \rho_{\mathcal{O}_{X},x_{0}}$ です。$\Img \pi_{*}$ が $\Ker \rho_{\mathcal{O}_{X},x_{0}}$ より真に小さいとすると $\hat{X}$ の被覆度が $2$ を超えるので $\Img \pi_{*} = \Ker \rho_{\mathcal{O}_{X},x_{0}}$ です。また、このことは $\hat{X}$ の基点 $\hat{x}_{0}$ を含む連結成分について既に二重被覆になっていることを意味しており、それ以外に連結成分を持たないので連結です。
(2) まず、この場合には自明な二重被覆は向き付け不可能なので非自明なもののみ考えれば良いですが、それは非自明なmonodromy表現を持つことから連結であることが分かります。正規被覆空間の分類 $($定理3.4.42$)$ から $X$ 上の連結二重被覆の同型類は基本群 $\pi_{1}(X, x_{0})$ の指数 $2$ の部分群で分類されますが、(1)で行った議論から向き付け可能なものは $\Ker \rho_{\mathcal{O}_{X},x_{0}}$ に対応する必要があります。つまり、存在すれば一意です。そして、存在は(1)で示しています。
連結位相多様体 $X$ に対して次は同値である。
連結位相多様体 $X$ はその $\Z_{2}$ 係数の $1$ 次homology群 $H_{1}(X; \Z_{2})$ が自明な場合に向き付け可能であることが確かめられます。$X$ が向き付け不可能な場合、その向きの局所系 $\mathcal{O}_{X}$ のmonodromy表現 $\rho_{\mathcal{O}_{X}} : \pi_{1}(X, x_{0})\to \Aut(\Z)\cong \Z_{2}$ は全射でであり、Abel化の普遍性から全射準同型 $H_{1}(X; \Z)\to \Z_{2}$ が誘導されます。そして、$\Z_{2}$ とのテンソル積を取った後で普遍係数定理を適用すれば全射準同型 $H_{1}(X; \Z_{2})\to \Z_{2}$ が得られます。従って、$X$ が向き付け不可能ならば $H_{1}(X; \Z_{2})$ は非自明であり、その対偶として $H_{1}(X; \Z_{2})$ が自明ならば $X$ は向き付け可能であることが分かります。特に、単連結位相多様体が常に向き付け可能なことが重要です。
以上です。
特になし。
参考文献
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